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      <title>羊蹄山麓観光ガイド育成事業公式ホームページ</title>
      <link>http://www.36guide-ikusei.net/</link>
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      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2009</copyright>
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         <title>第3回羊蹄山麓地域観光ガイド育成初級/中級検定試験合格者の発表</title>
         <description><![CDATA[　11月15日実施しました「第3回羊蹄山麓地域観光ガイド育成初級／中級検定試験」の合格者の受験番号を発表いたします。

１．初級につきましては、選択式50問（100点満点）中30問以上の正解（60点以上）の方を合格者といたしました。

初級の合格者の受験番号一覧は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/announcement/20091210_1_guide_primary_wmfgbs.html">こちら</a> です。

２．中級については、選択式40問（計80点）と記述式5問（計20点）から合わせて70点以上の方を合格者といたしました。

中級の合格者番号一覧は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/announcement/20091210_2_guide_medium_djmjtw.html">こちら</a> です。

※受験された方には、1月末までに、合否通知書をお送りいたします。
　 合わせて、合格された方へは、合格証書等を同封いたします。
※電話などでの合否に関するお問い合わせは、受験申し込みをされた商工会にお願いいたします。

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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2009/3.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
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         <pubDate>Thu, 10 Dec 2009 00:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>上級受講者の認定を行いました</title>
         <description>10月24日、および、25日に実施しました上級コースの受講者によるプレゼンテーションの結果、
下記の方々が受講認定されましたので、改めてご案内（人数のみ）いたします。

歴史文化コース　　　９名
農業コース　　　　　　４名
自然全般コース　　　９名

計２２名が認定されました。
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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_140.html</link>
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         <pubDate>Sat, 05 Dec 2009 06:39:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初級検定試験の問題と解答を公表します</title>
         <description><![CDATA[11月15日(日）に実施された初級検定試験の問題と解答は、以下の通りです。
点数配分は、各2点。50問ありますので、100点満点です。
30問、60点以上を、合格といたします。


【問題】


次の１から１１ までのテーマに関する文章をよんで、問【１】～問【５０】の設問に該当する答をひとつだけ選んで○をつけてください。設問と回答は、別紙です。
	

1：「羊蹄山」山名の起源　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「羊蹄山」は、「後方羊蹄山」と記されることもあります。この「後方羊蹄」の名を始めて記した史書は、【１】です。この中に、659（斉明5）年、【２】が百八十艘の軍船を率いて北征した際、二人の蝦夷から「後方羊蹄をもって政所とすべし」と進言があり、「後方羊蹄」に郡庁を置いて帰った、と記されています。【１】は「後方羊蹄」を「【３】」と読ませていますが、その地が実際にはどこなのか、日本の歴史における謎のひとつとして多くの史家や探検家たちの想像力をかきたててきました。東北北部や北海道など諸説ある中で、有力な説のひとつと言われてきたのが、「【４】のそばにある高地」という説です。喜茂別町の尻別岳山麓は、多くの歴史的人物によって「後方羊蹄」の地と信じられてきた場所で、その近くには【２】を祀る【５】が建立されています。


２：「羊蹄山」山名の変遷　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「羊蹄山」と「尻別岳」は、ともに尻別川流域に並ぶ山ですが、和人の紀行文や古地図の中では、この両者はしばしば取り違えられています。“尻別川の地こそが「後方羊蹄」である”と記したのは【６】の「蝦夷志」ですが、「後方羊蹄」と「尻別」の読みが近いこともあって、その後さまざまな混乱が続きます。江戸時代に記された文献や古地図のなかでは、「羊蹄山」は様々な名称で記録されていますが、その多くは「尻別」という文字を伴うなど、混乱ぶりが伺えます。しかしアイヌの人たちは、前者を「マチネシリ（女の山）」、後者を「【７】（男の山）」と、区別して呼んでいました。一方、明治政府の公文書では「後方羊蹄山」が公式に使用されますが、明治20年代には、測量技術者とその関連官庁や学術研究者が「マッカリヌプリ」と公文書にも表記する例が見られました。
北海道への入植者が急増するに従い、「後方羊蹄山」の読み方が難しいなどの理由から、その山容にちなんで「蝦夷富士」と称されることが増え、【８】からの要望もあって、昭和40 年代の地形図からは「羊蹄山（蝦夷富士）」と記されるようになったのです。


３：羊蹄山観光開発の始まり　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

羊蹄山麓の観光史にとって、【９】は忘れることのできない年です。この年、大量輸送を可能にした北海道鉄道が【１０】から函館まで開通したことで、それぞれ地元の駅名をどうするか大きな関心事となりました。倶知安村では、尻別川が大きく蛇行する【１１】地区あたりに作られた駅を【１２】駅と名づけ、旅行者の関心をこの地にひきつけようという動きが生まれます。この動きの中心にあったのが、【１３】です。彼らは、旅行者の関心を「後方羊蹄山」に誘うため、【１２】駅から羊蹄山頂に至る登山路を開削します。この倶知安コースは３番目の登山路です。途中に土産品を扱う休憩所を設けたほか後方羊蹄神社を開山するなど、比羅夫伝説を大いに活用した観光戦略を推進しました。仰ぎ見る山であった羊蹄山への登山をきっかけに推進した、観光開発の始まりです


４：羊蹄山は二重構造の火山                                                       

羊蹄山は、富士山同様、内部は複雑な構造となっています。羊蹄山ができたのは約1万年ほど前ですので、かなり新しい火山と言えます。羊蹄山の生成は【１４】の形成から始まりますが、これはおよそ【１５】級の火山です。これを覆い隠すように東側に多少ずれる形で「本体火山」が形成されましたので、「本体火山」の火口は【１４】の火口より東側にずれています。その噴火の過程で、西側に【１４】を包み込んだふくらみを感じせる今の山の形ができたのです。真狩側から見ると、西側にそのふくらみ具合が顕著に見えます。山肌を見ると、谷筋が急に曲がったり分岐したりしているところがありますが、これは【１６】と言われます。その場所で基盤岩が異なっているために生じた地形ですが、羊蹄山の場合、この曲点は概ね同じ標高に現れ、これらを横につなげると、山が３つに輪切りされます。このことからも、羊蹄山が大きく３つの時代によって形成されたことがわかります。羊蹄山は、今日【１７】つの自治体によって放射状に構成されており、平成2年に確定された標高は、【１８】です。頂上には、大火口（父釜）を含め３つの噴火口が見られるほか、【１９】など複数の寄生火山も見られ、羊蹄山の複雑な生成過程を物語っています。


５：レルヒ中佐のスキー登山　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

明治45 年、【２０】軍人テオドール・フォン・レルヒが、旭川の第７師団に着任し、早速羊蹄山へのスキー登山を敢行しました。スキー登山に先立って、レルヒは倶知安町旭丘地区の小高い山で地域住民に1 本杖スキー術を披露していますが、これがこの地域でのスキー普及に大きな影響を与えました。羊蹄山へのスキー登山は、第7 師団の若手将校を伴い行われ、【１３】や【２１】の同行取材と報道によって脚光を浴びました。今日ではスキーはニセコ山系で隆盛を極めていますが、その源流はレルヒ中佐の羊蹄山スキー登山だったのです。第7 師団の将校たちはスキー術を【２２】の学生スキー部に伝授し、【２２】学生スキー部はその後、冬期間青山温泉不老閣に毎年のように合宿して近くの斜面で練習を積んだことから、周辺の住民にもスキーの楽しさを印象付け、ニセコ山系におけるスキーの歴史に大きな足跡を残します。レルヒ中佐の像は【２３】のレルヒ記念公園にあります。


６：「ニセコ」の名称にまつわる歴史の謎　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

全国的に有名になった「ニセコ」はニセコアンヌプリの略称ですが、ニセコアンヌプリは山容の穏やかなイメージとは異なる【２４】という意味を持っています。この地名も不思議ですが、明治20年代以前の地図には、隣にある【２５】は載っていても、ニセコ山系の主峰ニセコアンヌプリの名称は載っていないのです。この謎は、「ニセコ」がかつてどのような地域であったのかを物語っています。つまり、【２５】やニセコアンヌプリなどは、いずれも幕末から硫黄の採掘現場だったので、総称して「硫黄山」と呼称され、最も標高が高く景観としても目立ったはずのニセコアンヌプリには、明治20 年代まで「硫黄山」以外の固有名詞が付かなかったのです。硫黄の採掘については明治政府も企業も大きな関心を寄せ、鉱山技師【２６】も明治6年から調査を行っています。経営体が交代しながら硫黄の採掘は昭和12年まで続けられ、なかでも、明治12年から19年まで採掘の経営に当たった永年社と、その後を引き継ぎ近代的な採掘設備を導入して生産量を大幅に伸ばした三井物産は、地域の歴史にも大きな影響を与えました。


７：温泉とスキーが創った「ニセコ」ブランド　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

ニセコ・羊蹄山麓の温泉史は、明治30年に開業した【２７】に始まります。その場所にその後、ニセコひらふスキー場が開設されますので、ニセコ山系における温泉とスキーの結びつきを象徴する幕開けと言えます。北海道鉄道がこの地に駅を設け、蝦夷富士羊蹄山への登山観光が開始された年には、【２８】が開業します。今の昆布温泉郷のなかにある温泉の一つです。鉄道の乗客が温泉に関心を持たないはずはなく、この頃からさまざまな温泉が開業します。【２８】には【２２】学生スキー部が毎年合宿し、同じ昆布温泉郷の【２９】（現在の鯉川温泉）には小樽高商のスキー部が合宿し、温泉とスキーの結びつきを深めます。昭和3 年、スイスの【３０】で第2回冬季オリンピックが開かれ、日本からもはじめて選手が派遣されました。連日の報道により、日本国内でも【３０】は耳馴染みになります。この冬季オリンピック終了直後、秩父宮さまが【２８】の不老閣に宿泊してスキー登山に臨みます。地元では、スキーに堪能な警察官や北大スキー部の学生などが随行したと記録にありますから、既にスキーは一部では普及していた頃でした。秩父宮さまは、ニセコアンヌプリとチセヌプリに登りますが、いずれも悪天候のため目的を達せず、遭難騒ぎまで起きます。この一部始終が小樽新聞社によって全国に発信されたことから、ニセコ山系の雪質が【３０】にも劣らないパウダースノーであることが全国に知られ、「ニセコ」の名が一気に全国区となったのでした。平成になって、【２８】は大きな歴史的役割を終えるかのように、その華々しい歴史を閉じます。


８：羊蹄山麓の湧水　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

羊蹄山の裾野には、1日に2,000トン以上湧出している湧水地が約17箇所あります。日本の名水100 選にも選ばれた【３１】の噴出し公園はその代表例で、観光地としても有名です。ほとんどの湧水は、標高【３２】前後にある溶岩と粘土層の境目から湧出しています。全体で1日に【３３】も湧出していますが、京極町から真狩村にかけての東側半分6 箇所で全体の70％を超えています。特に、京極町の湧水は、公式ホームページによると1日に【３４】も湧出しているので、計算上は1 秒に1 トン近い湧出量になります。このような湧出量の偏りは、羊蹄山の内部が東西に対称でないことに原因があります。火山山麓の湧水が美味しいのは、雨水などが地中を流下する際きれいにろ過され、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルが適度に溶け込み、水温も【３５】とほぼ一定しているからです。この水質についても、羊蹄山の東側と西側では違いが見られます。水量が多い東側では西側より地中の流下速度が速く、結果的にミネラルの成分がやや薄くなります。各地の湧水は、ミネラルの成分やその濃度などの違いによって、それぞれ個性的な味わいとなっています。湧出量の多い羊蹄山麓の町村では、湧水を用いてさまざまな関連商品を開発し販売しています。


９：松浦武四郎による尻別川の探査　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

後に「北加伊道」（北海道）の名付け親となった松浦武四郎が、江戸幕府の命により尻別川をはじめて踏査したのは、【３６】のことです。この年の春、彼は最初尻別川の河口から川を遡りますが、激流に阻まれ目名地区（蘭越町）のあたりで遡上を断念し、引き返します。続いて、共和町国富のあたりから倶知安に抜けてソウスケ川に出ますが、その周辺も激流に阻まれて断念を余儀なくされたのです。同年の夏、今度は虻田から留寿都を通りぬけて、【３７】の留産地区あたりで尻別川に出ます。そこから尻別川の上流に向けて遡り、鈴川地区のあたりで引き返し、今度は川を下って、途中「フイラ」と言われた激流ポイントを何箇所も超えて、やっと河口にたどり着きます。
翌年、武四郎は再び虻田から【３７】の留産地区あたりに向います。今度は尻別川の支流喜茂別川を遡り、中山峠を越えて石狩に抜けます。このときのルートはその後、明治3年から開削された【３８】の基となり、今日の国道230 号に結実します。この２回の調査結果は公式の報告書として幕府に提出されましたが、公開が禁止されたことから、武四郎はその内容を一般に広めるため、安政6年に「後方羊蹄日誌」を著します。この中で、武四郎は後方羊蹄山に登ったと記していますが、最近の研究で、これはフィクションであることがほぼ確実となっています。後方羊蹄山の素晴らしさを多くの人に伝えたいという、武四郎の想いが表れていると言えるといえるでしょう。


10：尻別川流域の生活圏と川利用のルール　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

尻別川は流路延長129 キロメートルで、流域自治体は後志支庁管内の【３９】を含む全９市町村、源流域にあたる自治体は【４０】です。尻別川には多くの支流がありますが、羊蹄山の南側を巻き込むように流れるのは最大の支流【４１】です。二度に亘って尻別川を探検した松浦武四郎が描いた古地図には、この【４１】も羊蹄山の北側を流れているように描かれています。流域の主な産業は農業ですが、農業用水や発電用のダムが尻別川には６箇所あります。その全てに魚道が設置されるようになったのはこの10 年間の出来事ですが、NPOを含む住民の要請とこれに応えたダム所有企業による流域連携の成果と言えます。しかし、河川改修によって【４２】の生息環境が少なくなり、姿が消えたと言われています。河口付近ではヤツメウナギなどの内水面漁業も盛んで、近年はラフティングなどの新しいアウトドアスポーツも大勢の観光客を集め、冬のスキーに勝るとも劣らない夏の観光産業として隆盛を極めるようになりました。このように、川の多様な利用形態が混在するようになったことから、それぞれの利害や利用形態の調整を図るため、NPO など住民が中心になって、2000 年にそれぞれの利害を調整して川利用のルールを作りました。また、川利用のルールに公的な拘束力をもたせるため、流域７町村が広域で【４３】を制定し、尻別川の恵みを後世に伝えるべく努力しています。このような流域全体の協働による自治活動の成果などもあって、尻別川はこれまでに8回、国土交通省が認定する「清流日本一」の栄誉に浴しています。


11：農と食　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

羊蹄山麓の農業は、畑作と水田が大きな特徴となっています。地域の名前がブランド化した【４４】の米、日本一の生産量を誇る【４５】のユリ根、かつては生産量が日本一だった喜茂別町の【４６】などが代表的な農作物です。しかし、この地域のもっとも大きな特徴となるブランド農作物はジャガイモです。明治初期にさまざまな品種のジャガイモが導入され品種改良も行われ、大正末期には【４７】がこの地域の代表的な品種に育ちました。昭和10 年代には、【４８】で紅丸が誕生、羊蹄山麓はジャガイモの一大生産地となりました。収益性の高いジャガイモは連作になりがちで、昭和40 年代には、羊蹄山麓において日本で初めて【４９】による被害が発生、深刻な事態となりました。３輪作から４輪作を中心とする輪作体系の徹底と抵抗品種の開発により、【４９】は今日ほぼ克服されています。特に、抵抗品種の中でも留寿都村の農家がその普及に努力した【５０】は、調理のしやすさや食味の点でも消費者に歓迎されています。このような抵抗品種や輪作の組み合わせによって、羊蹄山麓の各町村はそれぞれが個性的で多様なジャガイモ産地を形成しています。京極町や倶知安町では「男爵」の生産割合が非常に高く、留寿都村や喜茂別町では【５０】が割合に多く、ニセコ町や真狩村では多品種という特徴が見ら
れるようになりました。

設問は以上です。


【解答】

※正解はアンダーラインで示します。

1：「羊蹄山」山名の起源　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問１】この史書の名称は何ですか。
１）古事記 　　　　　　<u>２）日本書紀</u> 　　　３）万葉集　　　 　４）源氏物語
【問２】この人物の名前は何ですか。
１）坂上田村麻呂　　　　２）阿部貞任　　　 <u>３）阿部比羅夫</u>　　４）源頼朝
【問３】読みかたは何ですか。
１）こうほうようてい　　２）しりべつ　　 　<u>３）しりべし</u>　　　４）ようてい
【問４】地名は何ですか。
１）尻別岳　　　　　　　２）後方羊蹄山　　 ３）後方羊蹄川 　　<u>４）尻別川</u>
【問５】神社の名称は何ですか。
１）蝦夷富士羊蹄山神社　 ２）比羅岡神社　 ３）後方羊蹄神社 　<u>４）比羅夫神社</u>

２：「羊蹄山」山名の変遷　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問６】「蝦夷志」の著者は誰ですか。
１）松前広永　　　　 2）本居宣長　　　 3)賀茂真淵　　　 　<u>4)新井白石</u>
【問７】どんな名前で呼ばれていましたか。
１）マッカリヌプリ　<u> 2）ピンネシリ</u>　　 3)シリペッ　　　　 4)ニセコアンペッ
【問８】要望を行った町村の名前は何ですか。
１）ニセコ町　　　 　<u>2）倶知安町</u>　　 　 3)真狩村 　  　　 4)京極町

３：羊蹄山観光開発の始まり　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問９】何年ですか。
１）明治7 年	 2）明治20 年 　　　<u>3) 明治37 年</u> 	　　4) 大正7 年
【問10】都市の名称は何ですか。
1）旭川　　	 2）札幌　　　　　　<u>3) 小樽</u>	　　  　　　4) 倶知安
【問11】地区の名称は何ですか。
１）八幡　　	 2）高砂	　　　3) 峠下	　　　　　　<u>4) 大曲</u>
【問12】駅の名前は何ですか。
<u>１）比羅夫</u>	 2）羊蹄	　　　3) 樺山　　	　　 4) 倶知安
【問13】団体の名称は何ですか。
１）比羅夫愛好会　2）蝦夷富士研究会　 <u>3) 蝦夷富士登山会</u> 　4)後方羊蹄登山会 

４：羊蹄山は二重構造の火山                                                       
【問14】山の名称は何ですか。
１）前羊蹄山	  2）小羊蹄山		 <u> 3) 古羊蹄山</u>		4) 旧羊蹄山
【問15】おおよその標高はどのくらいでしょう。
１）500メートル	  <u>2）1000メートル</u>	  3) 1500メートル　　4) 2000メートル
【問16】何と言いますか。
１）分岐点	　 2）変曲点		　<u> 3) 曲点</u>	　　　 4) 変質点
【問17】自治体の数はいくつですか。
１）３		　 2）４		　<u> 3) ５</u>	　　　 4) ６
【問18】標高はどのくらいですか。
１）1857メートル　 2）1893メートル　　　　<u>3) 1898メートル</u> 　4) 1943メートル
【問19】名称は何ですか。
１）鏡沼	　　　　　 2）神仙沼　　　　　<u> 3) 半月湖</u> 　　　  4) 長沼

５：レルヒ中佐のスキー登山　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問20】国の名前は何ですか。
１）スイス	　 　2）オーストラリア　　<u>3) オーストリア</u> 　　4) アメリカ
【問21】団体の名前は何ですか。
１）北海道新聞　　　　2）北海タイムス　 　　<u>3)小樽新聞</u>　　　　　4) 読売新聞
【問22】大学名は何ですか。
<u>１）北海道大学</u>　　　　2）北海道教育大学　 　3)北海学園大学　　　4) 小樽高商
【問23】町村名は何ですか。
１）ニセコ町　　  　　<u>2）倶知安町</u>    　　　 3) 留寿都村      　　4) 蘭越町

６：「ニセコ」の名称にまつわる歴史の謎　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問24】山名の意味は何ですか。
１）ウサギが出る山　　<u>2）絶壁にある山</u>　　3) 家の形をした山　4) 硫黄の出る山
【問25】山名は何ですか。
<u>１）イワオヌプリ</u> 　　2）ニトヌプリ 　　　 3)ワイスホルン　　 4) チセヌプリ
【問26】鉱山技師の名前は何ですか。
１）ケプロン	    ２）クラーク	　　<u>３）ライマン</u>　　　４）モース

７：温泉とスキーが創った「ニセコ」ブランド　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問27】温泉の名前は何ですか
１）馬場温泉	　 <u> 2）山田温泉</u>	 3) 青山温泉　　　4) 宮川温泉
【問28】温泉の名前は何ですか
１）馬場温泉	　  2）山田温泉	<u> 3) 青山温泉</u>　　　4) 宮川温泉
【問29】温泉の名前は何ですか
１）馬場温泉	　  2）山田温泉	 3) 青山温泉　　　<u>4) 宮川温泉</u>
【問30】オリンピック開催地はどこですか
１）レークプラシッド <u> 2）サンモリッツ</u>	 3)シャモニー　　　4) オスロ

８：羊蹄山麓の湧水　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問31】町村名は何ですか
１）倶知安町　　　 <u> 2）京極町</u>	 　　　　3)真狩村　　　　　4) ニセコ町
【問32】標高はどのくらいですか。
１）150メートル	　 　<u>2）250メートル</u>	 　3)350メートル 	 4) 450メートル
【問33】どの程度の量の水を湧出していますか。
１）8万トン　　　　　2）15万トン　　　　<u> 3)30万トン</u>　　　　 4) 50 万トン
【問34】どの程度の量の水を湧出していますか。
１）2万トン　　　　　2）4万トン　　　　  <u>3)8万トン</u>　　　　  4) 16 万トン
【問35】地下水の温度はどのくらいですか。
１）4℃	　　　　　<u>２）6～7℃</u>　　　　　３）10～12℃　　　　４）16～17℃

９：松浦武四郎による尻別川の踏査　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問36】年号を選んでください。
１）安政３年 　　　　<u>2）安政４年</u> 	 　　3)安政５年 	 4) 安政6年
【問37】町村の名前は何ですか。
<u>１）喜茂別町</u>　　　 　2）真狩村　　　　　　3)京極町　　　　 　4) 倶知安町
【問38】道路の名称は何ですか。
１）札幌新道	   <u>２）本願寺道路</u>	　　３）殖民道路　　　４）比羅夫道路

10：尻別川流域の生活圏と川利用のルール　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問39】町村数を選んでください。
１）５町村 　　　 　2）６町村 	 　　　　 <u>3)7町村</u> 	 　　　 4) 8町村
【問40】市町村名は何ですか
１）喜茂別町 　　　 <u>2）伊達市</u> 	 　　　　 3)千歳市 	 　　　 4) 札幌市
【問41】川の名称は何ですか。
１）喜茂別川　　　　<u>2）真狩川</u>　　　　　　3)昆布川　　　　　 4) 倶登山川
【問42】魚の名前を選んでください。オビラメとも言います。
<u>１）イトウ</u>	 ２）サケ	　　　　３）オショロコマ　   ４）イワナ
【問43】条例の名称は難ですか。
１）景観統一条例	 ２）環境美化統一条例　<u>３）尻別川統一条例</u>   ４）環境基本条例

11：農と食　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問44】町村名は何ですか
<u>１）蘭越町</u> 　　　 2）真狩村 	 　3)ニセコ町 	 　　4) 留寿都村
【問45】町村名は何ですか
１）蘭越町 　　　 <u>2）真狩村</u> 	 　3)ニセコ町 	 　　4) 留寿都村
【問46】農作物の名前は何ですか
１）大根　　　　　2）白花豆　　　　3)グリーンアスパラ　　<u>4) ホワイトアスパラ</u>
【問47】ジャガイモの品種名は何ですか。
１）とうや	 ２）キタアカリ　　３）紅丸　 　　　 　　<u>４）男爵</u>
【問48】町村名は何ですか
１）喜茂別町	 ２）ニセコ町　　　３）京極町　　　 　　　<u>４）留寿都村</u>
【問49】病気の名前は何ですか
１）黒あざ病	<u> ２）シストセンチュウ</u>　３）そうか病　　　４）ヨトウガ
【問50】ジャガイモの品種名は何と言いますか。
１）とうや　　　　<u>２）キタアカリ</u>　　３）紅丸　 　　　 　　４）インカのめざめ





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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_138.html</link>
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         <pubDate>Wed, 18 Nov 2009 05:33:55 +0900</pubDate>
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         <title>中級検定試験の問題と解答を公表します。</title>
         <description><![CDATA[11月15日(日）に実施された中級検定試験の問題と解答は、以下の通りです。
点数配分は、選択問題各2点、記述問題各4点で、100点満点です。
70点以上を、合格といたします。

※お詫び
　次の２問については、下記の理由により採点対象外とし、<u>受験者全員が正解を得たものとみなします</u>。出題の不手際をお詫びいたします。

【問３３】
　講座に使用したレジュメに記載していない内容について解答を求めたものであり、レジュメの範囲から
　出題すると言うルールに反したものでした。　
【問４１】
　正解となる選択肢が誤って標記されていましたので、真の正解はありませんでした。
　４）真狩太村　×　→　４）真狩別村　○



【問題】

次の１から７ までのテーマに関する文章をよんで、問【１】～問【４５】の番号の設問に該当する答をひとつだけ選んで○をつけるか、 (　)の中に当てはまる言葉を記入してください。設問と回答は、別紙です。
	

【１：開拓以前】
明治以前の尻別川は、ある時期まで流域全体が【１】の漁業区でした。しかし、各所に越えがたい激流ポイント（ブイラ）があったことから、そのポイントを境に、下流、中流、上流で漁区は大きく3つに分割されるようになりました。河口付近下流域の漁業区はそのまま【１】の漁業区ですが、中流域に当たる倶知安の支流ソウスケ川付近は岩内から入ってきた【２】の漁業区となり、上流域喜茂別のルサンあたりは、虻田や有珠方面から通ってきた【３】とウスアイヌの漁業区となりました。この3箇所は、その後【４】の丁巳（【５】）の調査の際にも、尻別川に接近する際の３つの入り口となったのです。初めに磯谷から、次いで岩内からソウスケに入った武四郎は、そこから尻別川全体に調査を進めることは出来ず、結局、【３】の通い道に沿ってルサン付近で尻別川に入ることで、上流と下流それぞれに探索を進めることが出来たのでした。アイヌの３つのサケの道が、【４】の3つの探索導入経路となり、さらにこの3つの経路は、その後、開拓入植者の主な入地ルートとしても活用されることになります。裏日本からの入植者は、主に日本海岸沿いに北上して磯谷地区へ入地します。また倶知安ソウスケ川地区への入植者は、主に仁木、余市、岩内方面から入地し、その後ニセコ方面や京極方面へと広がりました。そして留寿都、喜茂別、真狩への入植者は、内地から虻田、有珠、洞爺を経由し入地しています。
これらの3つのルートの中で、最も早くから開けていたのは磯谷地区です。17世紀中ごろには既に漁業などに従事する和人が磯谷地区に住み着き、シャクシャインの乱では死者も出ています。さらに18世紀初頭から、磯谷地区の尻別川流域は、エゾマツの伐採事業を進めていた飛騨屋久兵衛の請負地区として開発が進められ、多くの和人が入り込んでアイヌとの混住が進んでいました。尻別川流域で伐採されたエゾマツなどは、激流ポイントを超えて流送するのが容易ではないことから、黒松内や余市、雷電などへの山道も切り開かれ、馬で搬出されるようになったといいます。このように、磯谷地区は漁業だけでなく、林業や自給程度の農業も行われるなど、当時の産業の集積拠点として発展し始めていたのです。当時蝦夷地への進出を目論んでいたロシアに対抗し重要な場所を警固するため、安政6年、幕府は庄内藩にその地の警衛を命じたのでした。そして10年後、明治維新を迎えます。

【２：幕末余韻の時代】
　明治2年、開拓使が設置され、蝦夷地が「北加伊道」即ち北海道と命名されると、北海道開拓の最初の仕組みが動き出しました。それまで蝦夷の各地に点在し経済的なまとまりを形成していた「場所」請け制度が廃止され、そのエリアの多くは「郡」として再編され、郡ごとに「【６】｣と称される仕組みが導入されました。羊蹄山麓は大きく磯谷場所と虻田場所に分かれていたことから、磯谷郡と虻田郡が誕生します。【６】という制度は、明治維新によって地域経営が困難になった諸藩に対し北海道内に藩の経営領地を認める、というもので、いわば藩をまるごと北海道に移住させて、藩士に開拓の担い手になってもらおうという構想でした。磯谷郡には米沢藩と五島家、虻田郡には庄内藩（大泉藩）が進出します。しかし、武士階級にとって、未開の大地で自らクワを振るうというのは大変なことです。明治政府の意向に従って北海道の経営に手を染めたものの、諸藩のほとんどは早々に限界を露呈します。例外的に定着したのは、伊達紋別の亘理藩、当別の岩出山藩、静内の稲田藩でした。この制度は、廃藩置県の翌年明治5年には廃止され、北海道全土が開拓使に編入され、定住した3つの藩士にあっても、多くは武士から平民に降格され、一般の移住農民に準じた扱いを受けることになりました。
【６】の時代でこの地域の開拓にとって大きな意味があったことの一つに、【７】道路が開削されその沿線に【８】が創設されたことが挙げられます。【７】宗派が明治政府と関係の改善を図るうえで取り組んだ事業が、函館から札幌までの内陸道路の開削工事です。このコースの一部、虻田から札幌までは、【４】の【９】の調査ルートを辿ったもので、現在の【１０】の前身です。開削工事には、【７】の僧侶だけでなく、信者、アイヌ、伊達に移住してきた亘理藩士たちも参加しました。明治3年の着工から1年半後の明治4年に竣工しますが、竣工後、東久世通禧、副島種臣ら政府の高官が、現地検分を行うため札幌から定山渓、中山峠を通って伊達まで踏破し、伊達邦成や田沼顕允らに【８】の開設を要請します。明治4年、伊達の【１１】ら3名が喜茂別の相川あたりにはじめて【８】を設け、喜茂別町と留寿都村の礎となります。【７】道路は、その後峠越えの難所など不利な条件があったことからさほど利用されずに荒廃し、明治5年から開削工事が始まった千歳、苫小牧経由の【１２】に主役の座を譲ります。また同年、【６】制度が廃止されたことで、行政区として新たに戸長役場「村｣が設置され、既に和人の入植が進んでいた蘭越の港地区に【１３】が設置されました。

【３：【１４】の戦略の時代】
　明治5年、【６】の制度を廃止した開拓使は、行政の仕組みとして「村」を設置し、郡区町村といった大小の区画化を行うとともに、開拓の新たな制度として「北海道土地売貸規則」「地所規則」を制定しました。これは、北海道の開墾を希望する者に土地を安く分譲し、開墾成功までの一定期間税を免除するという優遇制度でした。しかし、この制度が廃止される明治15年までの間、羊蹄山麓では目立った開拓の動きはなく、【１３】で漁業関係者などによる土地開墾がわずかに進められた程度でした。むしろこの時期は、伊達に創設された｢【１４】｣による様々な産業振興策の影響が、羊蹄山麓にも波及して来た時代となったのです。
　【６】制度を廃止し移住士族の身分を平民に降格したことは、伊達に移住してきた亘理士族の開拓の意欲を大いに損なうことになりました。そこで開拓使は、彼らに一般移住農民と同様の経済的優遇策、すなわち金品の供与と移住経費の肩代わりを提案したのです。伊達の人々はこれらの多くを貯蓄し、明治9年、それらを原資に【１４】という組織を創設しました。【１４】というのは、亘理からの移住者全員を社員とし、共済、慶弔、物産振興、移出販売、船舶輸送、製糖、農場経営、牧場経営、【１５】採掘などを行う、一種の共済組合あるいは産業組合のような組織でした。この仕組みによる地域経営を指導したのは、旧藩主である伊達邦成と筆頭家老の田村顕允でした。特に実質的なリーダーであった田村は、【１４】設立の直後に虻田郡内を調査する旅に出て、ニセコアンベツ川で【１５】の新たな鉱脈を発見し、3年後の明治12年には【１６】の【１５】鉱山採掘の権利を得て【１５】を増産します。伊達とニセコ山系【１５】鉱山を結ぶ道の中間にあたるのが、かつて【８】を置いた喜茂別相川ですので、【１４】創設の一環として【１１】に命じて【１０】を再建します。かつて開拓使の戦略によって設置された喜茂別相川の【８】は、今度は【１４】によるニセコ開発という戦略のために再建され、羊蹄山麓に新たな開発の波が訪れるきっかけを作り出すのです。丁度この時期は、内地で政府の緊縮財政により経済のデフレ傾向が強まり、企業倒産と失業が広がったことから、北海道への移住志向が強まった時期でした。しかし開拓使は、この時期においても、開拓を促進する有効な制度を何ら打ち出すことが出来なかったのです。
【４：開拓停滞の時代】
明治15年、開拓使が廃止され、三県一局制が敷かれました。これは、北海道を三分割して札幌県、根室県、函館県を設置し、地域特性に見合った統治を目指したもので、道外の県とは違い県議会などの自治機能はありませんでした。この三県一局時代は明治18年まで続きましたが、この間、開拓促進策にはとりたてて見るべきものがなく、また、市場経済の波が北海道にも押し寄せてきた時代の変化に対応できなかった【１４】も、明治17年には活動を事実上停止し、【１５】鉱山の経営権も明治19年三井物産に譲渡しています。近代的な【１５】採掘工法へと移り行く、時代の大きな境目でもあったのです。ちなみに、三井物産による近代的な【１５】採掘は昭和12年まで続き、日本の産業発展を支える原動力の一つとなったのでした。この時代、明治15年には、その後の羊蹄山麓７町村誕生の母村となった【１７】が誕生しています。そしてもうひとつ、この地域の歴史に大きな影響を与える出来事がありました。
　明治18年、岩内の佐藤亀太郎という人が、ニセコ山系【１８】の南麓で【１９】を泉源とする間欠泉を発見します。当時【１８】南麓では、英国ハウル社が【１５】を採掘していました。佐藤は岩内の漁業資本家から資金援助を受けて湯治宿を建て、馬場温泉とします。これが、その後経営者が変わって現在の【２０】となります。ニセコ山系で最も古いこの【２０】は【１５】鉱山を母体に誕生し、ニセコ山系が【１５】産出の山から温泉観光の山へと変わっていく大きなきっかけとなったのでした。

【５：【２１】の時代】
　明治19年、三県一局が廃止され、北海道庁が設置されます。北海道庁はこの年、「北海道土地払下規則」を発令しました。北海道の開拓は、この制度の発足によって大きく前進します。従来の制度は、北海道内の土地を素地のまま、どんな特性の土地なのか充分な情報がないまま売却していましたが、今度は、「【２１】5カ年計画」に基づいて道内の主要な原野を全て測量し、その土地の特性に関する情報をまとめ、どのような用途に適している土地なのか評価を加えた上で選定し、一定の面積を入植希望者に提供し、所定の年限で開墾に成功した人にその土地を払い下げる、という制度でした。現在の新十津川の原野を手始めに、全道各地で測量が行われ、羊蹄山麓では明治22年までに倶知安原野などで測量が実施されました。明治29年まで続けられた測量の結果は「【２１】報告」として公示されたことから、これをもとに入植を希望する「出願」が各地に殺到したと言います。
　この時代、羊蹄山麓の開拓促進に寄与するもうひとつの大きな出来事がありました。開削直後から荒廃し続けてきた【７】道路のルートを再開発する道路工事が明治23年から始まり、明治27年に竣工したのです。【７】道路とは一部コースが異なるこの道路こそ、後の【１０】の原型となったのでした。この道路「仮定県道札幌虻田間」の開通に合わせて、喜茂別では【１１】が路線沿いの尻別地区に【８】を移し、道路工事に携わった人たちも別の【８】を造りました。
　【２１】の影響は、ほぼ全ての地域に波及しました。原野の測量調査を伝え聞いた人の中から、開拓の先駆者が生まれます。留寿都村（当時は虻田村）では、明治19年橋口文蔵が土地の払下げを受けて米国式の機械化大規模農場を導入しますが、失敗して明治24年に加藤農場となります。また、【２１】報告で倶知安原野の可能性に魅力を感じた仁木村の仁木竹吉の呼びかけに応じ、仁木、余市、岩内の同志が共同で出願の組合を作り株主を集め、【２２】に【２３】ら15名がソウスケ川合流地点あたりに入植します。この年を、倶知安町では開基としています。しかし、倶知安からニセコにかけての一帯は【２４】となっていたことから土地払下げの出願は認められず、出願組合は一旦解散します。彼らの一部は、倶知安の尻別川沿いに立地していたマッチの軸木工場などで就労し、再出願のときを待ちます。そして明治27年、【２４】が開放され官林に編入されたことで、倶知安原野には様々な農場、移住団体などが入植したのでした。また、【２４】が解除されたニセコにおいても明治29年に【２５】が進出し、その後の大農場によるニセコ開拓のはじまりとなることから、ニセコ町ではこのときを開基としています。真狩においてもマッカリ原野の区画整理に伴って個人移住者が入植し、なかでも神原弥吉らが入植した明治28年をもって真狩村の開基とされました。蘭越においても、石川県から集団入植が行われるなど開拓は進みました。
この時代、温泉の開発も引き続き行われ、明治27年には倶知安にはじめて入植した【２３】ら3名による山田温泉の発見（営業開始は【２６】）、明治29年には磯谷地区の成田元吉による成田温泉（後の【２７】）が発見されました。成田温泉も、磯谷地区の漁業資本家の資金支援により営業が行われています。このような入植開拓の進展により、特に入植が多く定住者が増えた倶知安では、【２８】虻田村から倶知安村が分村し、戸長役場が設置されました。現在の京極町地域を含めての分村でした。

【６：入植と開拓の本格的展開の時代】
　【２９】、それまでの土地払下規則に替えて、「北海道国有未開地処分法」が発布されました。これは、開拓予定の土地を無償で貸付け、開拓が成功したときに無償で付与する、という制度で、付与を基本としつつ、売払、交換、貸付なども組み合わせるという、多様で柔軟な仕組みとしてスタートしました。この【２９】、【３０】京極高徳子爵が貸付の出願をしました。この大農場【３１】設立の年を、京極町では開基としています。【３１】は代々優れた管理人に恵まれたことなどから安定的に発展し、農場の一部が市街地になって、明治43年には【３２】として倶知安村から分村するほど発展しました。京極村と改称されるのは、昭和15年です。また、明治31年には、【３１】の開墾指導者藤村徳治が【３３】の上流で鉄鉱石の鉱脈を発見し、大正5年に【３４】が採掘権を得て脇方鉱山として本格的な採掘を進めるきっかけとなりました。後の大正8年に倶知安から京極まで鉄路京極線が敷かれるようになったのも、脇方鉱山で採掘された鉄鉱石を室蘭に輸送することを主たる目的としていましたので、羊蹄山麓の広域交通網が整備されるようになった背景として、【３１】の存在が大きかったと言えます。
　大農場がまちの開基となった京極町と似ているのが、大農場【２５】が開設された明治29年を開基としたニセコ町です。当時狩太と称されたこの地区は、【２５】以降も次々と大農場が開設されましたが、中でも有名なのが、明治32年に開設された山本農場（後の【３５】）であり、翌明治33年に開設された曽我農場です。特に山本農場は、その後明治41年にアメリカ留学から帰国して北大に戻った有島武郎に名義が変更され、【３５】となりました。大農場が次々と開設されたことにより小作人の入植が進み、明治34年に真狩村から最初に分村して、【３６】が誕生しました。また明治32年は、尻別村が南部蘭越地区の南尻別村と北部港地区の北尻別村に分村した年でした。蘭越町は、この分村を開基としています。ちなみに、南尻別村と北尻別村は昭和29年に再度合併して蘭越村となっています。
　この時代最大の出来事は、明治37年の【３７】の開通でしょう。函館から小樽までの幹線鉄道が開通し、各駅を拠点に殖民道路も拡張されたことにより、内陸への入植・開拓は飛躍的に拡大し、その後の団体入植にも大いに寄与したのでした。北海道鉄道は、また羊蹄山麓の新たな観光開発にも大きな役割を果たしました。比羅夫駅に降り立った旅行者を【３８】の登山に誘う山岳観光戦略だけでなく、蘭越、倶知安地区では温泉の宣伝に力を入れました。特に、比羅夫駅に近い山田温泉、昆布駅に近い成田温泉、馬場温泉、宮川温泉、新見温泉、そして昭和の末まで一世を風靡した青山温泉など、ニセコ山系各地の温泉地が、一気に観光の最前線に躍り出てきたのです。
　入植・開拓が一気に進んだこの時代には、大農場など資本の導入は大きく前進したものの、不在地主と小作が増えたことや、投機的な土地漁りも横行するようになったことから、自作農向けの新たな土地は少なくなる一方でした。このままでは健全な農業開拓とは言えない、そんな閉塞感が北海道全体に広がってきた明治39年、自作農による自由な農場創造を目指した平民農場が留寿都地区に生まれ、また二級町村制が施行され第1回村会議員の選挙も行われました。平民農場は2年後に早くも挫折して童謡「赤い靴」の悲話を残しましたが、第1回村会議員選挙の実施はその後の地方自治制度進展の一里塚となりました。

【７：自作農創出支援の時代】
　明治41年、「北海道国有未開地処分法」が改正されました。耕作目的の居住地を特定することで不在地主化を防ぎ、自作農に対する無償貸与など支援を手厚くする内容となりました。また同年、団体入植に対する優遇策の条件を緩和し、団体移住がしやすくなるような措置も講じました。団体移住については、明治25年に30戸以上を団体移住とみなす規定が定められていましたが、明治39年には20戸以上、そして41年には10戸以上、と条件が緩和されたのです。この団体移住支援策を活用して、各地で団体移住が増える傾向にありました。特に規模の大きな団体移住として、明治41年から始まった【３９】があります。京極、倶知安、喜茂別に延べ数百戸の移住が見られ、その後の各地の分村運動に少なからぬ影響を与えました。他にも、福島団体、阿波団体、越中団体、南部団体、群馬団体などが各地で展開されました。しかしその多くは、すでに良好な農地が少なくなっていたことなどから開拓がうまくゆかず撤退していきますが、一時的であれ地域の人口が急増したことにより地域経済と地域社会に大きな影響を与えたことから、分村、自立の流れを加速させました。明治43年には倶知安村から【３２】が分村（昭和15年に京極町に）、大正6年には真狩村から【４０】が分村、そして大正11年、真狩村から【４１】が分村し、現在の羊蹄山麓7町村それぞれが自立したのです。真狩村は大正14年に留寿都村と改称し、【４１】は昭和16年に真狩村に改称しています。
　団体入植が行われしかもその多くが撤退したことで、北海道への入植と開拓の時代は一段落したことになります。明治の終わり頃です。この間にニセコ山系の温泉の開発もほぼ出揃いました。明治41年には岩内の新見直太郎によって新見温泉が発見され、翌明治42年には青山温泉で【４２】が営業を開始し本格的温泉旅館の幕開きとなりました。この青山温泉【４２】を拠点に大正8年から北大スキー部の合宿が始まり、また大正10年に【４３】を拠点に小樽高商スキー部の合宿が始まることによって、ニセコ山系は本格的な温泉とスキー観光の曙を迎えたのでした。【４４】も大正9年に営業が開始され、経営者の一人稲村道三郎が、倶知安からのアクセス道路を開削しています。昭和2年の【４５】開業により、今日のニセコの温泉はほぼ出揃い、その後は、平成元年に青山温泉が廃業するまで、温泉の栄枯盛衰が続いたのです。
　大正となったこの時代、羊蹄山麓の開拓時代を締めくくる二つの歴史的出来事がありました。ひとつは、大正5年に【３４】株式会社による脇方鉱山の開発が始まり、室蘭へ鉄鋼石を輸送するため大正8年に倶知安から京極まで京極線が開通し、同年脇方鉱山まで延線され、さらに昭和3年喜茂別まで鉄道が引かれ、昭和16年には胆振縦貫鉄道が開通され、戦時下における鉄鋼石の需要拡大に大きく影響したのです。昭和19年に国鉄となった胆振線は昭和61年に廃線となり、その歴史的役割を終えています。
　そしてもうひとつは、大正11年の有島武郎による【３５】の解放です。有島武郎は自身の思想的信念から小作農の存在に苦しんでいました。水田灌漑工問題をきっかけに国から圧迫を受けながらも、有島は自らが所有し経営していた全農地を、農場の小作人に無償で解放したのです。この農場開放はその後、他の大農場にも波及し、昭和13年の【３１】の解放に至るまで、この地域の農業経営のあり方に極めて大きな影響を与えたのでした。しかも、【３５】の解放は、単に農場を小作人個々人に無償で分け与えたのではなく、小作人全員が共同で農場を経営することを条件に無償で譲渡したのです。狩太共生農団利用組合が大正11年に設立され、有島の理想実現に向けた第一歩が記されたことを見届けたかのように、翌大正12年、有島武郎の自殺が報じられました。自作農の推進を目指した北海道庁の開拓政策とは全く異なる理念と方法で、有島武郎は北海道開拓の歴史を新たな地平に向けて解放したとも言えます。

※設問は以上です。


【解答】

※正解は、アンダーラインで示します。

【１：開拓以前】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問１】該当するのはどれですか。
　　<u>１）イソヤアイヌ</u>	　２）イワナイアイヌ　３）アブタアイヌ　４）レブンゲアイヌ
【問２】該当するのはどれですか。
　　１）イソヤアイヌ	　<u>２）イワナイアイヌ</u>　３）アブタアイヌ　４）レブンゲアイヌ
【問３】該当するのはどれですか。
　　１）イソヤアイヌ	　２）イワナイアイヌ　<u>３）アブタアイヌ</u>　４）レブンゲアイヌ
【問４】該当する人名を記入してください。
　　　　<u>（松浦武四郎）　</u>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問５】該当するのはどれですか。
　　１）安政３年	　<u>２）安政４年</u>　　　　３）安政５年　　　４）安政６年

【２：幕末余韻の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問６】該当するのはどれですか。
　　１）商い場	　<u>２）諸藩分治</u>　　　　３）奉公人前高　　４）屯田兵制度
【問７】該当する宗派名を記入してください。（※お寺の名称です）
　　　　<u>（本願寺）</u>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問８】該当するのはどれですか。
　　１）渡船場	　２）宿場　　　　　　３）道の駅　　　　<u>４）駅逓</u>
【問９】該当するのはどれですか。
　　１）丙辰　	　２）丁巳　　　　　　<u>３）戊午</u>　　　　　４）己未
【問１０】該当するのはどれですか。
　　１）国道２７６号　　２）国道５号　　　 ３）国道３６号　　<u>４）国道２３０号</u>
【問１１】該当するのはどれですか。
　　１）伊達邦成　　　　２）田村顕允　　　 <u>３）阿部嘉左衛門</u>　４）萱場元賢
【問１２】該当するのはどれですか。
　　<u>１）札幌新道</u>　　　　２）苫小牧新道　　　３）室蘭新道　　　４）函館新道
【問１３】該当するのはどれですか。
　　１）磯谷村　　　　　　２）目名村　　　　　３）虻田村　　　　<u>４）尻別村</u>

【３：【１４】戦略の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問１４】該当するのはどれですか。
　　１）水平社　　　　　２）平民社　　　　　<u>３）永年社</u>　　　　４）万民社
【問１５】該当するのはどれですか。
　　<u>１）硫黄</u>　　　　　　２）鉄鋼石　　　　　３）石炭　　　　　４）石油
【問１６】該当する山名を記入してください。
　　　　　<u>（イワオヌプリ　）</u>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

【４：開拓停滞の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問１７】該当するのはどれですか。
　　１）磯谷村　　　　　　２）目名村　　　　　<u>３）虻田村</u>　　　　４）尻別村
【問１８】該当するのはどれですか。
　　１）ニセコアンヌプリ　<u>２）チセヌプリ</u>　　　３）イワオヌプリ　４）ニトヌプリ
【問１９】該当するのはどれですか。
　　１）神仙沼　　　　　　２）鏡沼　　　　　　<u>３）大湯沼</u>　　　　４）長沼
【問２０】該当するのはどれですか。
　　<u>１）湯本温泉</u>　　　　　２）昆布温泉　　　　３）湯の里温泉　　４）薬師温泉

【５：【２１】の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問２１】該当するのはどれですか。
　　１）北海道開発　　　　<u>２）殖民地選定</u>　　　３）北海道開拓　　４）土地売貸
【問２２】該当するのはどれですか。
　　<u>１）明治２５年</u>　　　　２）明治２９年　　　３）明治３０年　　４）明治３２年
【問２３】該当するのはどれですか。
　　１）鈴木重慶　　　　　２）杉目大三郎　　　３）米田和一　　　<u>４）山田邦吉</u>
【問２４】該当する用語を記入してください。
　　　　　<u>（御料林）</u>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問２５】該当するのはどれですか。
　　<u>１）松岡農場</u>　　　　　２）松川農場　　　　３）宮田農場　　　４）吉川農場
【問２６】該当するのはどれですか。
　　１）明治２７年　　　　<u>２）明治３０年</u>　　　３）明治４４年　　４）大正１４年
【問２７】該当するのはどれですか。
　　１）湯本温泉　　　　　２）昆布温泉　　　　３）湯の里温泉　　<u>４）薬師温泉</u>
【問２８】該当するのはどれですか。
　　１）明治２５年　　　　<u>２）明治２９年</u>　　　３）明治３０年　　４）明治３２年

【６：入植と開拓の本格的展開の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問２９】該当するのはどれですか。
　　１）明治２５年　　　　２）明治２９年　　　<u>３）明治３０年</u>　　４）明治３２年
【問３０】該当するのはどれですか。
　　１）旧津軽藩主　　　　２）旧白石藩主　　　<u>３）旧丸亀藩主</u>　　４）旧南部藩主
【問３１】該当する農場名を記入してください。
　　　　　<u>（京極農場）　</u>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問３２】該当するのはどれですか。
　　<u>１）東倶知安村</u>　　　　２）西倶知安村　　　３）南倶知安村　　４）北倶知安村
【問３３】該当するのはどれですか。
　　１）寒別川　　　　　　<u>２）ワキカタサップ川</u>　３）ペーペナイ川　４）カシプニ川
【問３４】該当するのはどれですか。
　　１）住友鉱山　　　　　２）三菱鉱山　　　　３）国家炭鉱　　　　<u>４）三井鉱山</u>
【問３５】該当するのはどれですか。
　　１）曽我農場　　　　　<u>２）有島農場</u>　　　　３）近藤農場　　　　４）深貝農場
【問３６】該当するのはどれですか。
　　<u>１）狩太村</u>　　　　　　２）ニセコ村　　　　３）有島村　　　　　４）曽我村
【問３７】該当するのはどれですか。
　　<u>１）北海道鉄道</u>　　　　２）函館本線　　　　３）胆振縦貫鉄道　　４）胆振線
【問３８】該当するのはどれですか。
　　<u>１）蝦夷富士羊蹄山</u>　　２）ニセコアンヌプリ　３）尻別岳　　　　４）岩内岳

【７：自作農創出支援の時代】　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
【問３９】該当するのはどれですか。
　　１）長野団体　　　　　２）岐阜団体　　　　　３）宮城団体　　　　<u>４）山梨団体</u>
【問４０】該当するのはどれですか。
　　１）東倶知安村　　　　<u>２）喜茂別村</u>　　　　　３）ニセコ村　　　　４）真狩太村
【問４１】該当するのはどれですか。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　別
　　１）東倶知安村　　　　２）喜茂別村　　　　　３）ニセコ村　　　　<u>４）真狩太村</u>
【問４２】該当するのはどれですか。
　　<u>１）不老閣</u>　　　　　　２）雪秩父　　　　　　３）幽泉閣　　　　　４）山の家
【問４３】該当するのはどれですか。
　　１）井上温泉　　　　　<u>２）宮川温泉</u>　　　　　３）小川温泉　　　　４）黒沢温泉
【問４４】該当するのはどれですか。
　　<u>１）五色温泉</u>　　　　　２）宮川温泉　　　　　３）紅葉谷温泉　　　４）黒沢温泉
【問４５】該当するのはどれですか。
　　１）五色温泉　　　　　２）宮川温泉　　　　　<u>３）紅葉谷温泉</u>　　　４）黒沢温泉


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            <item>
         <title>初級・中級の検定試験が行われました。</title>
         <description>事務局です。

11月15日(日）、初級と中級の検定試験が行われました。
受験されたみなさま、大変おつかれさまでした。

試験問題と解答につきましては、
明日11月18日の朝、当サイト上で公表いたします。

公表が遅れますこと、まことに申し訳ありませんが、
ぜひご確認くださいますよう、お願いいたします。</description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_137.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_137.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 17 Nov 2009 10:08:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初級、中級の講座に使用した資料をお届けいたします</title>
         <description><![CDATA[事務局です。

この間、経過報告が手薄になり、皆様にはご迷惑をおかけしました。
特に、初級、中級の検定試験を受検する予定でありながら
都合により受講できなかった方にとっては、
試験勉強の資料となる講座レジュメの入手については、
いろいろと不安を抱えておられたことと思います。

遅くなって大変ご迷惑をおかけする形になりましたが、
初級、および、中級の講座で使用したレジュメ等を下記にご案内いたしますので、
ぜひご確認くださるようお願いいたします。

（１）初級講座で使用した資料は、下記に掲載いたします。

　　初級の出題範囲は、基本的にテキストブックの第1部です。
　　それをもとに組み立てたミニストーリー風のレジュメですので、内容はテキストブックと同じです。

（２）中級講座で使用した資料は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/%E4%B8%AD%E7%B4%9A%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%A1Ver1.xls" target="_blank">こちら</a>　です。

　　中級の出題範囲は、テキストブックの内容を基本にはしていますが、
　　テキストブックと異なる組み立てのものであり、テキストブックより詳しい内容となっています。
　　昨年度の出題傾向を再検討する中で、新たに内容を組み立てなおしたものです。

　　今年の中級講座は、羊蹄山麓７町村の開拓の歴史を中心に、
　　　　１）開拓の全体像を理解すること
　　　　２）その過程で温泉の開発が進んできたこと
　　以上の２つのテーマについて、年表を元に物語風に学びました。
　　
　　使用した資料は、その内容を年表にまとめたものですが、
　　試験の出題は、
　　物語風の文章を元に、重要なキーワードを選択あるいは記述で解答する形式となります。

以上、ご案内いたしますので、
試験日当日まで資料をもとにご健闘されますよう、期待いたしております。

資料のお届けが遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げます。




　　]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_136.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2009/post_136.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Nov 2009 23:58:58 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Q&amp;Aその２：オープン講座の受講者から「じゃがいもの実」について質問がありました</title>
         <description><![CDATA[上級コース「農業」のオープン講座の受講者から、講師の原田正さんに、メールで質問がありました。その内容と原田さんからの回答を掲載します。


<strong>■質問</strong>
じゃがいもの実の中にあると思われる種で、イモの収穫は可能なのでしょうか？

<strong>■回答</strong>
じゃがいもの実ですが、自分は採取して育てたことはありません。
キタアカリなどで沢山実を着けていますが、翌年以降、畑で実生が生えてきたのを見
たこともありません。
十分に熟した種子（かなり小さい）を採取できれば、芽がでてくれるかも知れませ
ん。
楽しみにプランター等にて試して見られるのは・・・とでも、お話しされてはいかが
でしょうか。

　通常、じゃがいもは種子ではなくて、イモを植えてイモを収穫しています。
花の後にできる果実の中にある種子（これを真正種子と言います）を、植えてもイモ
ができるとされています。
　しかし（芽が出てきても）
①　熟期、形、目の深さ、色などのバラツキが多い（品種固有の性質とは限らな
い）。
②　イモ数は多いのですが、小粒で、収量は半分ほどのことが多いそうです。
③　種子から育てるため、細い茎が弱々しく、収穫できる迄に何か月も要す
る・・・・・など、育種（品種を作る）を除いて実用的ではないと考えます。
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/qa_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 02 Oct 2009 00:14:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>Q&amp;Aその１：オープン講座の会場から質問のあった「ニシユタカ」について</title>
         <description><![CDATA[上級コース「農業」のオープン講座（9/29）において、会場の参加者から「ニシユタカという名前のじゃがいもはどのような品種か？」という質問が出されました。講師の原田正さんが、「詳細については後日調べた上でお伝えします」ということで、その後回答がありましたので、この場に掲載いたします。

<strong>ニシユタカ</strong>

■来歴
長崎県総合農林試で、黄肉美味の「デジマ」を母、「長系65号」を父として交配・育成、昭和53年に農林登録。九州など西南暖地に適する品種。
品種名は、西南暖地での豊産性にちなんでつけられました。
北海道では移出用採種栽培を実施しており、網走、空知、上川地方で栽培あり。

■地上部特性
北海道の一般品種に比べ、休眠は短いが、低温で萌芽しやすい。
出芽後の初期生育は劣りますか、しだいにおう盛に生育。
茎は直立して短く、風雨による倒状や折損も少ない作りやすい品種。
倒伏は少ない。
花は少なく、花色は白で、自然結果はない。

■地下部特性
塊茎の着き方は中で、株元にまとまって着き、粒揃いがよく、いも数はやや少ないが、大きい。
緑化、皮むけが少なく、また、塊茎の裂開、二次生長、形くずれは少ない。
形状（偏球）、皮色（淡黄）、目の深さ（浅）。肉色は淡黄～クリームで、肉質は硬い。
澱粉価は近く、煮くずれが少ない。
いもの肥大性に優れ、収量は多収で、特に春作で優れています。
いもは偏球形で目が浅く、皮色と肉色ともに淡黄で外観は優れます。

■栽培上の注意
休眠が短く、芽が長く伸びることがあるので、種いもの消毒は芽かき後に行う。
大粒化を避けるため、株間を23～25cmの密とし、やや大きめの種いもを使うなど、種いもの量は充分用意しておくのがいい。
倒伏は少ないが、茎葉の繁茂を適正にし、多肥による塊茎肥大の遅延を避けるため、施肥量は多くしないようにする。
茎葉処理の時期は、5月上旬植えで、8月末ころになります。
 　 

 （浅間和夫「じゃがいも博物館」より抜粋・引用した）
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/qa.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 23:59:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>上級コース「現場実習」の実施概要について</title>
         <description><![CDATA[オープン講座でご案内した「現場実習及びプレゼンテーション」の実施概要は、次の通りです。
3つの専門コースごとにご案内いたします。


<strong>【自然全般コース】を受講するみなさまへ
現場実習・プレゼンテーションの実施概要について</strong>

■テーマ
・ニセコ山系・羊蹄山麓の自然全般の特徴を、半月湖の現場から学ぶ
・自分で見て調べる方法、フィールドワークの楽しみ方、などに関する様々な話題
■日時
　1回目：現場実習・・・・・・・・10月18日（日）午前9時30分～午後3時（予定）
　2回目：プレゼンテーション・・・10月25日（日）午前9時30分～午後0時30分(予定)
　　※プレゼンテーションのテーマや方法等については、10/18の現場実習において示します。
　　※1回目の現場実習は現場で昼食をとりますので、各自用意し持参してください。
　　※少雨決行ですが、本降りなど状況によっては延期となりますので、ご連絡いたします。
■場所
　半月湖周辺（倶知安町内）
※各回開始時間の5分前までに半月湖駐車場に各自集合のこと
■講師
　矢吹　全氏（倶知安町在住　ニセコネイチャーガイドForestrek　代表）
■持ち物
　・服装・・・フィールドを歩き回れる服装。靴はスニーカーでもOK。
防寒用の上着、カッパは、天候の変化に備えてなるべく持参してください
　・昼食のお弁当とお茶など飲み物は、各自用意してください。
　・メモ帳、筆記具
　・鳥、木、花などの図鑑、カメラなどあれば持参。（なくても結構です）
■オプション・カリキュラムのご案内
　他団体が行っている同様のカリキュラムにも参加できます。
別途ご案内いたします。


<strong>【農業コース】を受講するみなさまへ
現場実習・プレゼンテーションの実施概要について</strong>

■テーマ
・ニセコ山系・羊蹄山麓の農業の特徴を、農家の現場から学ぶ
・自分で見て調べる方法など
■日時
　1回目：現場実習・・・・・・・・10月12日（月）午後1時～午後5時（予定）
　2回目：プレゼンテーション・・・10月25日（日）午後1時～午後3時(予定)
　　※プレゼンテーションのテーマや方法等については、10/12の現場実習において示します。
　　※少雨決行ですが、本降りなど状況によっては延期となりますので、ご連絡いたします。
■場所
　サヒナキャンプ場ほか（蘭越町内）
※集合場所は、サヒナキャンプ場（各自集合のこと）
■講師
　松橋　秀人氏（蘭越町在住／（有）ウインターファースト・(有)マルベリー　代表）
■持ち物
　・服装・・・農地・フィールドを歩き回れる服装。靴はスニーカーでもOK。
防寒用の上着、カッパは、天候の変化に備えてなるべく持参してください
　・お茶など飲み物は、各自用意してください。
　・メモ帳、筆記具、カメラ（なくても大丈夫）


<strong>【歴史文化コース】を受講するみなさまへ
現場実習・プレゼンテーションの実施概要について</strong>
■テーマ
・ニセコ山系・羊蹄山麓地域の歴史文化の特徴を、地域の現場から学ぶ
・有島記念館の資料を活用して
■日時
　1回目：現場実習・・・・・・・・10月10日（土）午後1時～午後5時（予定）
　2回目：プレゼンテーション・・・10月24日（土）午後1時～午後3時(予定)
　　※プレゼンテーションのテーマや方法等については、10/10の現場実習において示します。
　　※少雨決行ですが、本降りなど状況によっては延期となりますので、ご連絡いたします。
■場所
　有島記念館・有島農場（ニセコ町内）
※集合場所は、有島記念館の駐車場（各自集合のこと）
■講師
　飯田　勝幸氏（ニセコ町在住／有島記念館館長）
■持ち物
　・服装・・・フィールドを歩き回れる服装。靴はスニーカーでもOK。
防寒用の上着、カッパは、天候の変化に備えてなるべく持参してください
　・お茶など飲み物は、各自用意してください。
　・メモ帳、筆記具、カメラ（なくても大丈夫）

■ほか
　不明のことや疑問などありましたら、事務局（真狩村商工会内）担当：中村　0136-45-2127　まで

主催者：羊蹄山麓商工会広域連携協議会（事務局：真狩村商工会）
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_135.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_135.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 23:33:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>オープン講座が終了しました</title>
         <description><![CDATA[上級コースの「オープン講座」が終了しました。
それぞれのカリキュラムは次の通りです。
カリキュラムごとの上級コース受講者と一般受講者数についても、示します。

9月28日：
自然全般：「世界の中の羊蹄山地域ほか」（講師／小川巌氏）
　●上級コース受講者：12名
　○一般受講者：8名

9月29日：
農業「山ろくじゃがいも丸かじり講座」（講師／原田正氏）
　●上級コース受講者：4名
　○一般受講者：10名

9月30日：
歴史文化「松浦武四郎とアイヌ／有島武郎とニセコ町」（講師／花崎皋平氏・飯田勝幸氏）
　●上級コース受講者：9名
　○一般受講者：4名

また、会場において、上級講座の現場実習とプレゼンテーションについてご案内いたしましたが、その内容については<a href="http://www.36guide-ikusei.net/news/post_135.html">別途の「お知らせ」</a>の通りです。現場実習に参加ご希望の方は、ご自身でご確認ください。なお、詳細についてご確認したい場合は、事務局におたずね・ご確認ください。

]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_134.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_134.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 01 Oct 2009 02:28:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>再び、新聞で紹介されました</title>
         <description>9月29日の北海道新聞朝刊に、「羊蹄山麓の観光ガイド検定に実践的な上級新設」と題する記事で、本事業が紹介されました。副題に「実習で認定、農業・歴史分野を開拓」とあるように、本年度の事業の特徴を的確に紹介しています。
既にこのサイトでも何度かご案内していますが、この記事を元に、改めて本年度事業のコンセプトをまとめてみます。

１）従来は住民が地域のことを学ぶのが目的でしたが、これまでの受講者・受験者の中から、
　　実際にガイドするノウハウを習得したいとの声もあったことから、この要望に応えるプログラムを
　　「上級」として追加開発しました。
　　「上級」は、「自然全般」「農業｣｢歴史文化」の3コースとし、オープン講座（9月30日で終了）と、
　　現場での体験的実習と受講者によるプレゼンテーション（模擬ガイド）を行います。

２）類似の事業を行っている他団体と連携し、互いのプログラムに参加できるような仕組みを
　　検討しています。これは、体験できる機会を可能な限り増やしていきたい、
　　という狙いによるものです。
　　特に、一般社団法人ニセコ・プロモーション・ボードが開催しているネイチャーガイド講座に、
　　本事業の上級講座の受講生も参加できるシステムを準備しています。

３）さらに、農業や歴史文化に関するガイドは、ニセコ・羊蹄山麓ではまだ少ないことから、
　　この領域については独自のプログラムを開発しつつ、裾野を広げていきます。

４）さらに、ガイドの体験が出来る、オプションのプログラムも検討中です。

以上の内容を含む新規事業として「上級」を実施していますので、関心のある方は事務局までお問合せください。

</description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_133.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_133.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 30 Sep 2009 01:41:07 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>誰でも受講できます、オープン講座。いよいよ9/28から開催！</title>
         <description><![CDATA[　上級受講者にとっては必須のカリキュラムとなっている｢オープン講座｣。
　実は、名称のとおり、誰でも受講できます。３つの専門コースが別々の日に開催され、1日3時間のカリキュラムで、それぞれの専門家の方が講義します。事前申込がなくても、直接会場にお越しください。何コースでも受講可能です。（受講料は1コース1,000円）
　また、上級講座を受講される方には、オープン講座の会場で、10月に行う現場実習とプレゼンテーションの実施概要についてご案内いたします。

<strong>■9月28日（月）午後6時～午後9時30分　
</strong>■会場：倶知安町中小企業センター
　【自然全般コース】
　　１．ニセコ羊蹄山麓地域の自然（仮題）／小川　巌氏（エコ・ネットワーク：札幌市在住）

<strong>■9月29日（火）午後6時～午後9時30分
</strong>■会場：ニセコ町民センター
　【農業コース】
　　１．ニセコ羊蹄山麓地域の農業（仮題）／原田　正氏（元北海道農業改良普及員：ニセコ町在住）

<strong>■9月30日（水）午後6時～午後9時30分
</strong>■会場：ニセコ町有島記念館
　【歴史文化コース】
　　１．松浦武四郎とアイヌ民族（仮題）／花崎皋平氏（小樽市在住）
　　２．有島農場の解放とニセコ（仮題）／飯田勝幸氏（有島記念館館長：ニセコ町在住）


]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/928.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/928.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 26 Sep 2009 01:15:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>北海道新聞に記事が掲載されました</title>
         <description>事務局です。

ご案内が遅くなりました。

今年度の事業の概要が、「羊蹄ガイド『上級』新設―講義、実習　より実践的に―」と題して
北海道新聞に掲載されました。
9月19日の朝刊です。

多くの方が目にしてくださっているとうれしいです。
お申込みをお待ちいたしています。
</description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_132.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_132.html</guid>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 23 Sep 2009 23:21:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>上級講座の受講を希望されるみなさまへ</title>
         <description><![CDATA[これまで、初級、中級を受講・受験し合格されたみなさまを対象に、平成21年度に実施する上級講座のご案内をいたします。

上級講座の内容と受講に当たっての概要については、同封いたしますチラシに記載の通りですが、記載にありますように、一部のプログラムについては、詳細がまだ決定しておりません。そこで、この紙面を借りまして、今後のプログラム具体化の予定とその方向性についてお伝えいたします。

<strong>１．上級講座の位置づけ
</strong>　初級、中級の講座は、知識主体のご当地検定的な性格を基本とするプログラムでした。これは、地域全体で旅行者へのホスピタリティを向上させるため、幅広く住民が参加して自らが旅行者に地域をガイドできるようにすることを目的としていたからです。
　今年度から実施します上級講座は、より実践的なプログラムを中心に、受講希望者が実際にガイドできるような実技的ノウハウを身に付けていただくためのものとして位置づけています。つまり、観光ガイドになるための実践的研修のステップとなるものです。そのため、専門的なノウハウを深く身に付けていただくべく、３つの専門的コースを用意しました。

<strong>２．上級講座のプログラム内容
（１）オープン講座
</strong>　　３つの専門的コースにそれぞれの領域の専門家を配し、知識のみならずテーマを深める自学方法などについても、実践的具体的に指導いたします。この講座は、上級講座受講者にとっては必修ですが、一般の方々も自由に参加できるオープン講座としましたので、一緒に学んでいただき、互いに刺激しあっていただきたいと思います。

<strong>（２）現場実習／第1日目
</strong>　　3つの専門的コースそれぞれに具体的なテーマと現場を設定し、そのフィールドに参加して体験的に学んでいただきます。【自然】と【農業】については、既にそれぞれのエキスパート、プロとして活躍しておられる方々を講師とし、現場でそのガイドの仕方などを見たり、説明を受けたり、実技体験的な指導を受けるなど、実践的なカリキュラムをこなしていただきます。【歴史文化】については、まだそのような事業者は存在していないので、学術的専門家のフィールド研究への体験的参加ということになりますが、現場に即した詳細な指導が得られます。時間的には、概ね3～4時間程度。場所はそれぞれですが、実施詳細についてはオープン講座の中でご案内いたします。

<strong>（３）現場実習／2日目（約1，2週間後）
</strong>　　1日目に学んだことをもとに、実際に現場で観光ガイドを行う模擬的実践をしていただきます。1日目の経験だけでは不十分と自分が思う場合は、自身で追加の調査などを期間中に行って準備していただくことになります。そのような受講者の試行錯誤も、重要な実践課題です。プレゼンテーションに当たっては、1日目に課題が提示され、その課題に関して自分なりに追加の調査などを行うことも、重要な自学的ステップと考えます。

<strong>（４）オプション講座／他団体の事業と連携して参加可能
</strong>　　山麓地域で既に活動している他団体の類似事業とタイアップし、参加者がさらに多様なプログラムを経験できるよう他団体と連携して、学習機会の拡大に結びつくオプションプログラムを用意しています。その具体詳細のご案内は、オープン講座の中で行い、お申込をいただくように致します。

　　　　□例：【自然】のオプション講座として受講可能なプログラム（準備中）
　　　　　　　一般社団法人ニセコプロモーションボード（倶知安町）の自然体験講座＆座学に参加
　　　　　　　　　・講師：三木昇さん
　　　　　　　　　・日時：10/14、10/22・・・時刻など未定
　　　　　　　　　・テーマ、手法、受講料など・・・未定

<strong>３．観光ガイド体験事業への参加
</strong>　上級講座を受講する方々に対し、さまざまな観光ガイドを体験できる現場を提供したいと企画しています。今年度は、観光地におけるホテルやペンションなどで宿泊客がリラックスしている夜の時間帯に、「観光夜話（仮称）」と称し、一定の時間、観光ガイド志望者によるプレゼンテーションを提供します。ガイドと宿泊施設側が相談して宿泊客に対して一定のテーマで1時間弱程度のお話をし、関心を持った宿泊客が翌日以降の行動プランの参考にすることを期待します。場合によっては、現地への観光ガイドの依頼等も想定されます。この冬から春にかけて実施できるよう、宿泊施設との調整に当たる予定です。
　また、各地の道の駅などに設置している「観光情報案内窓口」での案内体験なども、検討していく予定です。

　以上、さまざまな企画で、みなさまが取得したライセンスを活かし、実践的なトレーニングに参加できるよう、さまざまな機会を提供していきたいと考えています。その一環としての「上級講座」に、ぜひご参加ください。

　内容についてのお問合せは、下記までお願いいたします。



羊蹄山麓商工会広域連携協議会　観光ガイド育成実行委員会　事務局　担当／中村、浦城
　　　　　　　　　 〒048-1631　北海道虻田郡真狩村字真狩35番地　真狩交流プラザ内
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　電話.0136-45-2127
メール．makkari@forest.ocn.ne.jp
ホームページ．http://www.36guide-ikusei.net/
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_131.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_131.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Sep 2009 01:03:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>申込書付きのチラシが新聞折込で配布されました。</title>
         <description><![CDATA[9月17日、検定試験・研修講座等の申込書が付いたチラシが、北海道新聞、読売新聞２紙の折込として羊蹄山麓7町村の各世帯に配布されました。
申込用紙は、チラシからミシン目で切り離してお使いできます。またチラシには、受講料・受験料などの払込取扱票の記入例も掲載してあります。

なお、昨年度受験し合格された方には、このチラシを直接お送りいたしました。

７町村の各商工会・商工会議所にも、このチラシを置いてあります。
当ホームページにおいても、PDFファイルでご提供していますので、ご利用ください。

　　　チラシのPDFは、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/pdf/200909_36guide_flyer.pdf">こちら</a>です。]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_129.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/news/post_129.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2009</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 17 Sep 2009 00:50:56 +0900</pubDate>
      </item>
      
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