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      <title>羊蹄山麓観光ガイド育成事業公式ホームページ</title>
      <link>http://www.36guide-ikusei.net/</link>
      <description></description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 02 Sep 2010 21:05:33 +0900</lastBuildDate>
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      <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs> 

            <item>
         <title>第4回羊蹄山麓地域観光ガイド育成中級検定試験合格者の発表</title>
         <description><![CDATA[　8月27日実施しました「第４回羊蹄山麓地域観光ガイド育成中級検定試験」の合格者の受験番号を発表いたします。

　中級につきましては、選択式40問（2点×40問）および記述式5問（4点×5問）の計100点満点中、70点以上の方を合格者といたしました。

　中級の合格者の受験番号一覧は、こちら です。

　<a href="http://www.36guide-ikusei.net/chukyugoukaku.pdf">ファイルをダウンロード</a>
　
受験されたのは21名、合格者は19名でしたので、合格率は、90.5％となりました。
合格されました方、おめでとうございます。

※受験された方には、9月6日までに、合否通知書をお送りいたします。
　 合わせて、合格された方へは、後日、合格証書等をお送りいたします。

※電話などでの合否に関するお問い合わせは、受験申し込みをされた商工会にお願いいたします。

※中級合格者は、9月から実施予定の上級オープン講座と上級現場実習、及び現場プレゼンテーションに参加できます。

※カリキュラムの概要は近日中に発表いたしますが、実施概要は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/pdf/201007_36guide_flyer.pdf">こちら</a>です。
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/4_1.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 02 Sep 2010 21:05:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中級模範解答の問８に、正解が示されていませんでした</title>
         <description>中級模範解答の【問８】の正解が、示されていませんでした。

正解は、（１）亘理　です。

解答のチェックをされた皆様には、大変ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありません。

なお、掲載しています「模範解答」については、
上記の旨修正してありますので、ご確認ください。</description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_154.html</link>
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         <pubDate>Mon, 30 Aug 2010 17:41:53 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中級検定試験の解答を発表いたします</title>
         <description><![CDATA[8月28日（土）、中級の検定試験が行われました。（会場：真狩村交流プラザ）

<img alt="DSC_4181.JPG" src="http://www.36guide-ikusei.net/DSC_4181.JPG" width="480" height="319" />

受験された21人の方は、大変お疲れさまでした。

さて、試験問題と解答を発表いたしますので、ご確認ください。

１）試験問題は、こちらです。

<a href="http://www.36guide-ikusei.net/H22%E5%B9%B4%E4%B8%AD%E7%B4%9A%E8%A9%A6%E9%A8%93%E5%95%8F%E9%A1%8C.pdf">ファイルをダウンロード</a>

２）解答は、こちらです。

<a href="http://www.36guide-ikusei.net/mohankaitou2.pdf">ファイルをダウンロード</a>

45問100点満点で、70点以上が合格となります。
その配分は、次の通りです。

１）選択解答・・・40問× 2点＝80点
２）記述解答・・・ 5問× 4点＝20点

なお、問題用紙の中に、一部誤字などありました。
お詫びいたします。

さて、合格者には文書で直接ご連絡いたしますが、
このホームページ上でも、
9月4日（土）、合格者の受験番号を公表いたします。

中級に合格された方は、ぜひ、上級も受講されますよう、ご案内いたします。
上級のプログラムは、案内チラシ（→<a href="http://www.36guide-ikusei.net/pdf/201007_36guide_flyer.pdf">こちら</a>）にご紹介しています。





日時: 2010年08月28日 15:00 
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_153.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_153.html</guid>
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         <pubDate>Fri, 27 Aug 2010 23:37:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>お詫び：昨年の中級試験問題の一部に誤りがありました</title>
         <description><![CDATA[事務局です。

本年の中級受講者の方から、ご指摘をいただきました。

昨年（平成21年度）の<a href="http://www.36guide-ikusei.net/pdf/2009_middleclass_exam.pdf">中級試験問題の解答</a>に、一部誤りがありました。


設問の【41】の正解が「真狩太村」となっていますが、
正しくは「真狩別村」です。


誠に申し訳ありません。
訂正の上、お詫びいたします。]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_152.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_152.html</guid>
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         <pubDate>Tue, 24 Aug 2010 09:02:40 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>連携先のプログラムをご紹介します：３</title>
         <description><![CDATA[羊蹄山麓観光ガイド育成事業では、
類似の事業を行っている団体と連携し、
お互いのプログラムへの参加交流を進めています。

連携先のNPB（一般社団法人ニセコプロモーションボード）より、
下記のプログラムへの参加案内が届きましたので、
みなさまにもご案内いたします。

関心のある方は、ぜひご参加ください。

【テーマ】蜂についてのビデオ鑑賞、質疑応答、ディスカッション
【日　時】2010年08月26日（木） 19:00-21:00
【会　場】倶知安風土館

案内のチラシは、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/hati_zagaku_2010.pdf">こちら</a>です。
-]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_151.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
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         <pubDate>Sat, 21 Aug 2010 10:25:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中級の講座に使用した資料をお届けいたします</title>
         <description><![CDATA[事務局です。

中級の研修講座を行いました。

8月19日（木）は、真狩村の交流プラザ、
8月20日（金）は、倶知安町の中小企業センターを会場に行いました。

<img alt="DSC_3122.JPG" src="http://www.36guide-ikusei.net/DSC_3122.JPG" width="480" height="319" />

受講者は、両会場を合わせ、23名でした。


中級の講座で使用したレジュメは、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/tyuukyuu_kouza_h22.xls">こちら</a>です。

今年の中級講座は、羊蹄山麓７町村の開拓の歴史を中心に、

　１）開拓の全体像を理解すること
　２）その過程で開発が進んだ温泉や鉄道に関すること

以上のテーマについて、年表を元に物語風に学びました。
　　
使用した資料は、その内容を年表にまとめたものですが、
試験の出題は、物語風の文章を元に、
重要なキーワードを選択あるいは記述で解答する形式となります。
100点満点で70点以上が合格です。

以上、ご案内いたしますので、
試験日当日まで資料をもとにご健闘されますよう、期待いたしております。

なお、中級の検定試験は、次の通りです。

期日：8月28日（土）午後1時30分から1時間
会場：真狩村交流プラザ]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_150.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_150.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 21 Aug 2010 10:05:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>第4回羊蹄山麓地域観光ガイド育成初級検定試験合格者の発表</title>
         <description><![CDATA[　7月17日実施しました「第４回羊蹄山麓地域観光ガイド育成初級検定試験」の合格者の受験番号を発表いたします。

　初級につきましては、選択式50問（100点満点）中、30問以上の正解（60点以上）の方を合格者といたしました。

　初級の合格者の受験番号一覧は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/syokyuu_2010_pass.pdf" target="_blank">こちら</a> です。


受験されたのは13名でしたので、全員合格という快挙となりました。
合格されました方、おめでとうございます。

　※受験された方には、7月末までに、合否通知書をお送りいたします。
　 合わせて、合格された方へは、後日、合格証書等をお送りいたします。
　※電話などでの合否に関するお問い合わせは、受験申し込みをされた商工会にお願いいたします。

　※初級合格者は、8月に実施予定の中級研修講座と中級検定試験に参加できます。
　　詳細は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/pdf/201007_36guide_flyer.pdf">こちら</a>です。]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/4.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2010/4.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Jul 2010 09:00:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初級検定試験の解答を発表いたします</title>
         <description><![CDATA[7月17日（土）、初級の検定試験が行われました。

<img alt="syokyu_7847.JPG" src="http://www.36guide-ikusei.net/syokyu_7847.JPG" width="480" height="319" />

受験者数は、13人でした。（申込者数は15人でした。）
受験されました方、暑い中、大変お疲れさまでした。

さて、試験問題と解答を発表いたしますので、ご確認ください。

試験問題は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/sanroku_guide_syokyuu_mondai_4.pdf" target="_blank">こちら</a>です。
解答は、<a href="http://www.36guide-ikusei.net/sanroku_guide_syokyuu_kaitou_4.pdf" target="_blank">こちら</a>です。

なお、50問中30問以上、100点満点で60点以上が合格となります。

合格者には、文書で直接ご連絡いたしますが、
このホームページ上でも、
7月24日（土）、合格者の受験番号を発表いたします。

初級の合格者は、ぜひ、中級も受講・受験されますよう、お勧めいたします。
中級は、初級とは異なるプログラムを用意しています。
]]></description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_149.html</link>
         <guid>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_149.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">news</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 17:01:24 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>お詫び：平成21年度初級検定試験の【試験問題】は、次の通りです。</title>
         <description>本ホームページのトップページにリンクとアイコンで掲載されている「初級検定試験」に、
解答のみが掲載されており、試験問題そのものが掲載されていませんでした。

これは、初級検定試験を受験予定の方からご指摘いただいたものです。

大変申し訳ありません。
心よりお詫び申し上げます。

改めて、平成21年度の初級検定試験の問題を、
トップ画面のリンクPDFとアイコンとして掲載しました。
また、念のため、本記事の下記にも掲載いたします。
なお、正解は、トップ画面のリンクPDFとアイコンですので、ご確認ください。
（平成21年度の初級試験は、試験問題用紙と解答用紙が分かれていましたので、
　別々のPDFとなっています。ご了承ください。）


＜平成21年度初級検定試験の試験問題＞

第３回
観光ガイド育成検定試験
【初級】
平成21 年11月15 日

　注　意　
１．開始の合図があるまでは、答案用紙を開かないでください。
２．開始後40分が過ぎる前に会場を退出することはできません。

羊蹄山麓商工会広域連携協議会



次の１から１１ までのテーマに関する文章をよんで、問【１】～問【５０】の設問に
該当する答をひとつだけ選んで○をつけてください。設問と回答は、別紙です。
	

1：「羊蹄山」山名の起源　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「羊蹄山」は、「後方羊蹄山」と記されることもあります。この「後方羊蹄」の名を始めて記した史書は、【１】です。この中に、659（斉明5）年、【２】が百八十艘の軍船を率いて北征した際、二人の蝦夷から「後方羊蹄をもって政所とすべし」と進言があり、「後方羊蹄」に郡庁を置いて帰った、と記されています。【１】は「後方羊蹄」を「【３】」と読ませていますが、その地が実際にはどこなのか、日本の歴史における謎のひとつとして多くの史家や探検家たちの想像力をかきたててきました。東北北部や北海道など諸説ある中で、有力な説のひとつと言われてきたのが、「【４】のそばにある高地」という説です。喜茂別町の尻別岳山麓は、多くの歴史的人物によって「後方羊蹄」の地と信じられてきた場所で、その近くには【２】を祀る【５】が建立されています。


２：「羊蹄山」山名の変遷　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　「羊蹄山」と「尻別岳」は、ともに尻別川流域に並ぶ山ですが、和人の紀行文や古地図の中では、この両者はしばしば取り違えられています。“尻別川の地こそが「後方羊蹄」である”と記したのは【６】の「蝦夷志」ですが、「後方羊蹄」と「尻別」の読みが近いこともあって、その後さまざまな混乱が続きます。江戸時代に記された文献や古地図のなかでは、「羊蹄山」は様々な名称で記録されていますが、その多くは「尻別」という文字を伴うなど、混乱ぶりが伺えます。しかしアイヌの人たちは、前者を「マチネシリ（女の山）」、後者を「【７】（男の山）」と、区別して呼んでいました。一方、明治政府の公文書では「後方羊蹄山」が公式に使用されますが、明治20年代には、測量技術者とその関連官庁や学術研究者が「マッカリヌプリ」と公文書にも表記する例が見られました。
北海道への入植者が急増するに従い、「後方羊蹄山」の読み方が難しいなどの理由から、その山容にちなんで「蝦夷富士」と称されることが増え、【８】からの要望もあって、昭和40 年代の地形図からは「羊蹄山（蝦夷富士）」と記されるようになったのです。


３：羊蹄山観光開発の始まり　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　羊蹄山麓の観光史にとって、【９】は忘れることのできない年です。この年、大量輸送を可能にした北海道鉄道が【１０】から函館まで開通したことで、それぞれ地元の駅名をどうするか大きな関心事となりました。倶知安村では、尻別川が大きく蛇行する【１１】地区あたりに作られた駅を【１２】駅と名づけ、旅行者の関心をこの地にひきつけようという動きが生まれます。この動きの中心にあったのが、【１３】です。彼らは、旅行者の関心を「後方羊蹄山」に誘うため、【１２】駅から羊蹄山頂に至る登山路を開削します。この倶知安コースは３番目の登山路です。途中に土産品を扱う休憩所を設けたほか後方羊蹄神社を開山するなど、比羅夫伝説を大いに活用した観光戦略を推進しました。仰ぎ見る山であった羊蹄山への登山をきっかけに推進した、観光開発の始まりです


４：羊蹄山は二重構造の火山                                                       

　羊蹄山は、富士山同様、内部は複雑な構造となっています。羊蹄山ができたのは約1万年ほど前ですので、かなり新しい火山と言えます。羊蹄山の生成は【１４】の形成から始まりますが、これはおよそ【１５】級の火山です。これを覆い隠すように東側に多少ずれる形で「本体火山」が形成されましたので、「本体火山」の火口は【１４】の火口より東側にずれています。その噴火の過程で、西側に【１４】を包み込んだふくらみを感じせる今の山の形ができたのです。真狩側から見ると、西側にそのふくらみ具合が顕著に見えます。山肌を見ると、谷筋が急に曲がったり分岐したりしているところがありますが、これは【１６】と言われます。その場所で基盤岩が異なっているために生じた地形ですが、羊蹄山の場合、この曲点は概ね同じ標高に現れ、これらを横につなげると、山が３つに輪切りされます。このことからも、羊蹄山が大きく３つの時代によって形成されたことがわかります。羊蹄山は、今日【１７】つの自治体によって放射状に構成されており、平成2年に確定された標高は、【１８】です。頂上には、大火口（父釜）を含め３つの噴火口が見られるほか、【１９】など複数の寄生火山も見られ、羊蹄山の複雑な生成過程を物語っています。


５：レルヒ中佐のスキー登山　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　明治45 年、【２０】軍人テオドール・フォン・レルヒが、旭川の第７師団に着任し、早速羊蹄山へのスキー登山を敢行しました。スキー登山に先立って、レルヒは倶知安町旭丘地区の小高い山で地域住民に1 本杖スキー術を披露していますが、これがこの地域でのスキー普及に大きな影響を与えました。羊蹄山へのスキー登山は、第7 師団の若手将校を伴い行われ、【１３】や【２１】の同行取材と報道によって脚光を浴びました。今日ではスキーはニセコ山系で隆盛を極めていますが、その源流はレルヒ中佐の羊蹄山スキー登山だったのです。第7 師団の将校たちはスキー術を【２２】の学生スキー部に伝授し、【２２】学生スキー部はその後、冬期間青山温泉不老閣に毎年のように合宿して近くの斜面で練習を積んだことから、周辺の住民にもスキーの楽しさを印象付け、ニセコ山系におけるスキーの歴史に大きな足跡を残します。レルヒ中佐の像は【２３】のレルヒ記念公園にあります。


６：「ニセコ」の名称にまつわる歴史の謎　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　全国的に有名になった「ニセコ」はニセコアンヌプリの略称ですが、ニセコアンヌプリは山容の穏やかなイメージとは異なる【２４】という意味を持っています。この地名も不思議ですが、明治20年代以前の地図には、隣にある【２５】は載っていても、ニセコ山系の主峰ニセコアンヌプリの名称は載っていないのです。この謎は、「ニセコ」がかつてどのような地域であったのかを物語っています。つまり、【２５】やニセコアンヌプリなどは、いずれも幕末から硫黄の採掘現場だったので、総称して「硫黄山」と呼称され、最も標高が高く景観としても目立ったはずのニセコアンヌプリには、明治20 年代まで「硫黄山」以外の固有名詞が付かなかったのです。硫黄の採掘については明治政府も企業も大きな関心を寄せ、鉱山技師【２６】も明治6年から調査を行っています。経営体が交代しながら硫黄の採掘は昭和12年まで続けられ、なかでも、明治12年から19年まで採掘の経営に当たった永年社と、その後を引き継ぎ近代的な採掘設備を導入して生産量を大幅に伸ばした三井物産は、地域の歴史にも大きな影響を与えました。


７：温泉とスキーが創った「ニセコ」ブランド　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　ニセコ・羊蹄山麓の温泉史は、明治30年に開業した【２７】に始まります。その場所にその後、ニセコひらふスキー場が開設されますので、ニセコ山系における温泉とスキーの結びつきを象徴する幕開けと言えます。北海道鉄道がこの地に駅を設け、蝦夷富士羊蹄山への登山観光が開始された年には、【２８】が開業します。今の昆布温泉郷のなかにある温泉の一つです。鉄道の乗客が温泉に関心を持たないはずはなく、この頃からさまざまな温泉が開業します。【２８】には【２２】学生スキー部が毎年合宿し、同じ昆布温泉郷の【２９】（現在の鯉川温泉）には小樽高商のスキー部が合宿し、温泉とスキーの結びつきを深めます。昭和3 年、スイスの【３０】で第2回冬季オリンピックが開かれ、日本からもはじめて選手が派遣されました。連日の報道により、日本国内でも【３０】は耳馴染みになります。この冬季オリンピック終了直後、秩父宮さまが【２８】の不老閣に宿泊してスキー登山に臨みます。地元では、スキーに堪能な警察官や北大スキー部の学生などが随行したと記録にありますから、既にスキーは一部では普及していた頃でした。秩父宮さまは、ニセコアンヌプリとチセヌプリに登りますが、いずれも悪天候のため目的を達せず、遭難騒ぎまで起きます。この一部始終が小樽新聞社によって全国に発信されたことから、ニセコ山系の雪質が【３０】にも劣らないパウダースノーであることが全国に知られ、「ニセコ」の名が一気に全国区となったのでした。平成になって、【２８】は大きな歴史的役割を終えるかのように、その華々しい歴史を閉じます。


８：羊蹄山麓の湧水　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　羊蹄山の裾野には、1日に2,000トン以上湧出している湧水地が約17箇所あります。日本の名水100 選にも選ばれた【３１】の噴出し公園はその代表例で、観光地としても有名です。ほとんどの湧水は、標高【３２】前後にある溶岩と粘土層の境目から湧出しています。全体で1日に【３３】も湧出していますが、京極町から真狩村にかけての東側半分6 箇所で全体の70％を超えています。特に、京極町の湧水は、公式ホームページによると1日に【３４】も湧出しているので、計算上は1 秒に1 トン近い湧出量になります。このような湧出量の偏りは、羊蹄山の内部が東西に対称でないことに原因があります。火山山麓の湧水が美味しいのは、雨水などが地中を流下する際きれいにろ過され、カルシウムやマグネシウムなどのミネラルが適度に溶け込み、水温も【３５】とほぼ一定しているからです。この水質についても、羊蹄山の東側と西側では違いが見られます。水量が多い東側では西側より地中の流下速度が速く、結果的にミネラルの成分がやや薄くなります。各地の湧水は、ミネラルの成分やその濃度などの違いによって、それぞれ個性的な味わいとなっています。湧出量の多い羊蹄山麓の町村では、湧水を用いてさまざまな関連商品を開発し販売しています。


９：松浦武四郎による尻別川の踏査　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　後に「北加伊道」（北海道）の名付け親となった松浦武四郎が、江戸幕府の命により尻別川をはじめて踏査したのは、【３６】のことです。この年の春、彼は最初尻別川の河口から川を遡りますが、激流に阻まれ目名地区（蘭越町）のあたりで遡上を断念し、引き返します。続いて、共和町国富のあたりから倶知安に抜けてソウスケ川に出ますが、その周辺も激流に阻まれて断念を余儀なくされたのです。同年の夏、今度は虻田から留寿都を通りぬけて、【３７】の留産地区あたりで尻別川に出ます。そこから尻別川の上流に向けて遡り、鈴川地区のあたりで引き返し、今度は川を下って、途中「フイラ」と言われた激流ポイントを何箇所も超えて、やっと河口にたどり着きます。
翌年、武四郎は再び虻田から【３７】の留産地区あたりに向います。今度は尻別川の支流喜茂別川を遡り、中山峠を越えて石狩に抜けます。このときのルートはその後、明治3年から開削された【３８】の基となり、今日の国道230 号に結実します。この２回の調査結果は公式の報告書として幕府に提出されましたが、公開が禁止されたことから、武四郎はその内容を一般に広めるため、安政6年に「後方羊蹄日誌」を著します。この中で、武四郎は後方羊蹄山に登ったと記していますが、最近の研究で、これはフィクションであることがほぼ確実となっています。後方羊蹄山の素晴らしさを多くの人に伝えたいという、武四郎の想いが表れていると言えるといえるでしょう。


10：尻別川流域の生活圏と川利用のルール　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　尻別川は流路延長129 キロメートルで、流域自治体は後志支庁管内の【３９】を含む全９市町村、源流域にあたる自治体は【４０】です。尻別川には多くの支流がありますが、羊蹄山の南側を巻き込むように流れるのは最大の支流【４１】です。二度に亘って尻別川を探検した松浦武四郎が描いた古地図には、この【４１】も羊蹄山の北側を流れているように描かれています。流域の主な産業は農業ですが、農業用水や発電用のダムが尻別川には６箇所あります。その全てに魚道が設置されるようになったのはこの10 年間の出来事ですが、NPOを含む住民の要請とこれに応えたダム所有企業による流域連携の成果と言えます。しかし、河川改修によって【４２】の生息環境が少なくなり、姿が消えたと言われています。河口付近ではヤツメウナギなどの内水面漁業も盛んで、近年はラフティングなどの新しいアウトドアスポーツも大勢の観光客を集め、冬のスキーに勝るとも劣らない夏の観光産業として隆盛を極めるようになりました。このように、川の多様な利用形態が混在するようになったことから、それぞれの利害や利用形態の調整を図るため、NPO など住民が中心になって、2000 年にそれぞれの利害を調整して川利用のルールを作りました。また、川利用のルールに公的な拘束力をもたせるため、流域７町村が広域で【４３】を制定し、尻別川の恵みを後世に伝えるべく努力しています。このような流域全体の協働による自治活動の成果などもあって、尻別川はこれまでに8回、国土交通省が認定する「清流日本一」の栄誉に浴しています。


11：農と食　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　羊蹄山麓の農業は、畑作と水田が大きな特徴となっています。地域の名前がブランド化した【４４】の米、日本一の生産量を誇る【４５】のユリ根、かつては生産量が日本一だった喜茂別町の【４６】などが代表的な農作物です。しかし、この地域のもっとも大きな特徴となるブランド農作物はジャガイモです。明治初期にさまざまな品種のジャガイモが導入され品種改良も行われ、大正末期には【４７】がこの地域の代表的な品種に育ちました。昭和10 年代には、【４８】で紅丸が誕生、羊蹄山麓はジャガイモの一大生産地となりました。収益性の高いジャガイモは連作になりがちで、昭和40 年代には、羊蹄山麓において日本で初めて【４９】による被害が発生、深刻な事態となりました。３輪作から４輪作を中心とする輪作体系の徹底と抵抗品種の開発により、【４９】は今日ほぼ克服されています。特に、抵抗品種の中でも留寿都村の農家がその普及に努力した【５０】は、調理のしやすさや食味の点でも消費者に歓迎されています。このような抵抗品種や輪作の組み合わせによって、羊蹄山麓の各町村はそれぞれが個性的で多様なジャガイモ産地を形成しています。京極町や倶知安町では「男爵」の生産割合が非常に高く、留寿都村や喜茂別町では【５０】が割合に多く、ニセコ町や真狩村では多品種という特徴が見られるようになりました。



設問は以上です




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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/21_1.html</link>
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         <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 22:41:23 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>初級研修講座で用いたレジュメを掲載します。</title>
         <description>7月8日の初級研修講座で使用した「レジュメ」を掲載します

これは、公式テキストブックの第1部の内容を要約したもので、
研修講座において主に使ったパワーポイントとほぼ同じものです。

検定試験における出題範囲とほぼ重なった内容ですので、
受験勉強の参考資料として、ご活用ください。


＜下記に掲載＞



平成22年度【ぐるっと羊蹄まちしるべ】研修講座：初級／レジュメ資料
羊蹄山麓観光ガイド：ミニストーリー
2010.07.08／羊蹄山麓商工会広域連携協議会
http://www.36guide-ikusei.net/
（公式テキストブック『ぐるっと羊蹄まちしるべ』は、上記サイトからも入手できます。）


Ⅰ－１：羊蹄山
（１）　「羊蹄山」山名の起源（★教本P14）
　　１）「羊蹄山」と「後方羊蹄山」
　　　　・戦前までは「後方羊蹄山」と表記して「しりべしやま」と読ませた（戦後の流れは後述）
～現在もこの傾向は見られる（「日本百名山」S39の深田久弥など）～由来へのこだわり
・「後方羊蹄（しりべ・し）」読み方の不思議
２）「後方（しりべ）」＋「羊蹄（し）」
　　　　・薬草「羊蹄」の漢名（ぎしぎし）→和名「し」※「万葉集」にも※牧野富太郎「植物随想」
※どんな薬草か→タデ科の植物で、根の絞り汁が皮膚病に効く薬草（国内に広く分布）
３）「後方羊蹄」の謎と「比羅夫伝説」
　　　　・最初の出典＝『日本書紀』巻第26／斉明5（659）年
阿倍比羅夫北征し、二人の「蝦夷」の進言により“後方羊蹄”に政所（郡庁）
“後方羊蹄”の所在地は、東北、北海道など諸説あって不明
比羅夫伝説にちなんだ道内説は3箇所（喜茂別、倶知安、余市）
比羅夫伝説に基づき所在地解明に向けた遺跡の発掘調査　→★教本P149　　 
比羅夫伝説に基づいた神社の建立→比羅夫神社、後方羊蹄神社T2←河合篤叙 
　～伊達藩士田村顕充、河合篤叙らの関心と調査、留産・比羅岡の尻別原野
　　発掘出土品（石器、小刀など）は、旧羊蹄山小学校に保存(集落センター)
　　比羅夫神社由来（松浦武四郎、東久世通禧、副島種臣）T2、S6　　　　　
　　河合篤叙、田村顕充のことなど　　　　　　　　　　

（２）　「羊蹄山」山名の変遷（★教本P15）
　１）アイヌ語による名称
　　　　・羊蹄山＝マチネシリ（女である山）、マッカリヌプリ
　　　　・尻別岳＝ピンネシリ（男である山）
～男女に喩えるアイヌ文化の例（山は生き物という発想、雄阿寒岳・雌阿寒岳など類例）
　２）「後方羊蹄山（蝦夷富士）」から「羊蹄山（蝦夷富士）」へ
　　　　・明治初期は、「後方羊蹄山（しりべしやま）」が正式な表記
　　　　　※経緯と背景＝ロシアの南下政策に抗するため士気高揚が必要で、そのための物語に活用　
＝国家伸張的観点からの活用意図か？／『伝説としての後方羊蹄』高山亮二著）　　　　
　　　　・明治20年になって、「マッカリヌプリ」も並存する形で登場（測量関係の開拓史文書）
　　　　　　→全道の20万分の1地図完成～全国でも早い地形測量（アメリカの測量技術導入）　 　
　　　　　　　「後方羊蹄山」と「マッカリヌプリ」との間で学術（？）論争　　　　　　　　　　　
　　　　　　　武四郎の地図を検証する必要性を感じなくなった（→山岳関係者の間で「紀行」が定着）
　　　　・明治37年（下記）には、3つの名称が並存する状況に
　　　　・昭和22年倶知安町から地名変更の要望（一般住民にわかりやすい名称に、と言う理由で）
→昭和28年調書により標準地名表が「羊蹄山」に
　　　　→昭和44年の地形図で「羊蹄山（蝦夷富士）」に書き換え

３）羊蹄山と尻別岳（★教本P76）の関係
・「尻別（しりべつ）川」のそばにある高地を「後方羊蹄（しりべし）」と捉え、後方羊蹄山と
同一視することに大きな役割を果たした新井白石「蝦夷志」（1720）←旅行者の情報？
　　　　・アイヌ語「シリ・ベツ（ペッ）」と日本語（？）「しりへ・し（後方羊蹄）」の混同？　　　 
　　　　・「シリペッ」＝至高川（山ハ小ナレド其ノ水源ハ高処ヨリ来ル故ニ「シリペッ」ト云フ）　 
永田方正著「北海道蝦夷語地名解」　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
・富士山や比羅夫伝説への関心を心情的背景とした新井白石の意図は？　　　　　　　　　　
・両山の混同はその頃の古地図にも散見～1678年「大日本図鑑」に「尻別岳大山」出現、　　
しかし、多くの例は「尻別」の字が多い　　（『羊蹄山登山史』高澤光雄著）　　　　　　 
　　　　・「後方羊蹄山」に比して「前方羊蹄山」（尻別岳のこと）と呼称するのは、ジョーク（？）
　　　　　（胆振方面からの眺め、大滝方面からの眺め）
※北海道百名山に含まれるこのエリアの山＝目国内岳／チセヌプリ／羊蹄山／昆布岳／　　　
尻別岳／ニセコアンヌプリ／イワオヌプリ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
ほかにも個性的ないわれのある山が多い～それぞれの個性（★教本P74）　　　　　　　　

（３）　羊蹄山は二重構造のコニーデ型火山（★教本P16）・・・図版参照
　　１）「古羊蹄山」と「本体火山」の二重構造
　　　　・羊蹄山の標高は時代によって変動した（？）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　～1,857m（M29/北海道庁：マッカリヌプリ気象観測記）→1,943m（M42）　　　　　     
→1,893m真狩岳（T9/地図）→1,898m喜茂別ピーク（H2/国土地理院の標高調査）＝確定 
　　　・山頂は5つの町村、登山ルートは4本、ピークは3つ
　　　　・三期に及ぶ噴火（藤井義雄教授の説、2万6千年前から6千年前にかけて）
→曲点、3つの噴火口（父釜、母釜、子釜）、寄生火山（半月湖など）
　　　　・古羊蹄の形成はプレートテクトニクス？（比羅岡から植物性プランクトン化石、珪藻土発見）
　　　　・温泉や湧水の分布と湧出量、地質や土壌の違いに起因する農地や土地利用の多様性
　　　　　　～火山灰黒ぼく土、褐色森林土、珪藻土（比羅岡）
　　　　※7つの山容・山岳景観の多様性は噴火の歴史に起因する
　　２）独立峰における生態系の垂直分布
　　　　・生物生息環境の垂直分布が顕著（★教本P33-34）	cf.大雪山　　　　　　　　　　　　　　
　　　　・頂上付近に高山帯～ダイセツオサムシ（＝氷河期の生き残りの昆虫）ほか5種の高山蛾
　　　　　※氷河期以降（5,6千年前）の気温の変化による分布（★教本P36）　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　・90以上の高山植物を含む中腹一帯は、1921（T10）年に国の天然記念物に指定
　　　　・羊蹄山には存在しニセコ山系には存在しない植物約30種、その逆も40種余　　　　　　　
　　　　・旧比羅夫小学校（倶知安町）の「小鳥の学校」で36科163種の野鳥を確認　　　　　　 　
　　　　・自然度10（近くの鏡沼周辺も／環境庁調査）

（４）　「蝦夷富士登山会」が推し進めた山岳観光（★教本P18）
　　１）M37年の出来事
　　　　・小樽から倶知安まで北海道鉄道が開通（函館まで）　★教本P155
　　　　　※北海道鉄道は当初民営（北垣国道が貴族院議員時代に社長）、明治40年に国有鉄道に　　
　　　　　　←背景：炭鉱と主要港湾を結ぶ鉄道が必要となった。軍事輸送も。曽我に真狩駅誘致　　
　　　　・駅名改称～「大曲」の地名を「比羅夫」に変えて駅名へ（地元住民の合意は？）★教本P156
　　　　・「蝦夷富士登山会」（初代会長河合篤叙）発足と倶知安ルート登山口開削～観光振興目的
～当時の既存の登山ルート＝真狩ルート、京極ルート
～「強力（ごうりき）」＝ポーター、観光ガイド、蝦夷富士登山案内者
　　　　　　→波及：京極線（T8年）、脇方鉱山、三井鉱山→国有鉄道へ寄付　　★教本P121,155　  
沼田流人「血の呻き」[地獄]「監獄部屋」～京極線の敷設工事　　★教本P125　　　　
※仰ぎ見る山（羊蹄山）への登山観光が、この羊蹄山麓地域の観光の曙

（５）　レルヒ中佐のスキー登山（★教本P19）
　　１）オーストリア軍人テオドール・フォン・レルヒ中佐（レルヒ記念公園、旭ヶ丘展望台）
　　　　・M44年、富士山にスキー登山敢行するが天候不順で断念
　　　　・M45年、羊蹄山にスキー登山（小樽新聞社の同行取材）・・・一本杖スキー
→装備不十分、悪天候により、頂上に到達したのか不確定（諸説有）頂上はどれ？
→スキー登山のスタート地点＆下山後歓迎会開催地＝現レルヒ記念公園附近　　　
　　　　・レルヒ→第7師団若手将校→北大（農科大学）学生スキー部→青山温泉合宿→スキーの普及
　　　　・蝦夷富士登山会、小樽新聞社などの事業協力
・羊蹄山麓は道内屈指の豪雪地帯～倶知安町（2位）、ニセコ町（3位）
　　　　※北海道スキー登山黄金時代のさきがけ、スキー観光のきっかけは羊蹄山から（レルヒの功績）

Ⅰ－２：ニセコ山系
（６）　「ニセコ」の名称にまつわる歴史の謎（★教本P20-21）
　　１）ニセコアンヌプリは無名の山だった
　　　　・「ニセコ」はニセコ山系の主峰「ニセコアンヌプリ」の略称
～「ニセコアンヌプリ」の語源＝「ニセコアンペツ」（絶壁に向かっている川：知里真志保）
絶壁が謎・・・モイワ山のことを指していた？（武井静夫）
・硫黄山と総称された山々の一つ～イワオヌプリ、ニセコアンヌプリなど
　・幕末から硫黄採掘現場～1804年に最古の記録、安政年間の記録、M6年にライマンが調査、
M12永年社による経営以降、M19三井物産など転々と経営委譲し、S12閉山
※ライマンのこと：アメリカ人の鉱山技師、明治6年から道内の鉱物探査、日本最初の地質図
※永年社のこと：伊達亘理藩の伊達邦成と田村顕充による相互扶助、生産販売の組合（M9-M17）
※ニセコ連峰（イワオヌプリ火山群）の垂直分布の乱れ現象は、硫黄の影響（★教本P21,33-35）
　　２）“無名”だったニセコアンヌプリが歴史の表舞台に
　　　　・M29年　地図に名称登場
　　　　・M30年　山田温泉開業～ニセコ山系の新たな産業起こしの嚆矢
　　　　・M37年　青山温泉開業
　　　　・M37年　鉄道開通～登山と温泉による新たな経済開発へ
　　　　※硫黄採掘から温泉とスキーへの転換で、「ニセコアンヌプリ」が表舞台に登場
（７）　温泉とスキーによる「ニセコ」ブランド（★教本P22）
　　１）温泉の開発とスキーの結びつき
　　　　・M30年　山田温泉開業～後代にスキー場ゲレンデと融合し、ニセコ観光のモデル的存在に
　　　　・M37年　青山温泉開業→北大スキー部の合宿、（小樽高商スキー部は宮川温泉（鯉川温泉））
※青山温泉、宮川温泉とも、昆布温泉郷（旧ニセコアンベツ温泉）7温泉（★教本P38）  
　　　　・S 3年　スイスのサンモリッツ開催の第２回冬季オリンピックに日本選手初参加
　　　　　　　　　同じ頃、秩父宮さまが青山温泉不老閣に宿泊してスキー登山、遭難騒動となった
　　　　※「極東のサンモリッツ」として「ニセコ」がブランド化←小樽新聞の地域情報戦略
　　　　　　　→1964（昭和39）年：倶知安町とサンモリッツ市が姉妹都市に
　　　　※世界的なスキーの権威シュナイダーにより、「東洋のサンモリッツ」と賞賛（昭和10年代）

Ⅰ－３：湧水
（８）　羊蹄山麓名水のメカニズム（★教本P24-25）・・・図版参照
　　１）羊蹄山に名水が多いわけ
　　　　・標高250m前後の溶岩（安山岩）と粘土層の境目付近で湧水
　　　　　　～山麓全体（周囲）で17箇所（2,000トン／日以上の湧水）、全体で30万トン／日
　　　　・羊蹄山の二重構造による湧水量の不均衡
　　　　　　～南東半分の6箇所の湧水で70％以上
　　　　・湧水量の違いだけでなく水質も違う
　　　　　　～南東部：大量の地下水→速い流下速度→主要成分の濃度低い河川水型
　　　　　　～北西部：少量の地下水→遅い流下速度→主要成分の濃度高い地下水型
　　　　・水が美味しい理由
　　　　　　～地下水の地中ろ過＋ミネラル成分の溶け込み
ミネラル成分の条件＝塩素イオン、過マンガン酸カリウム、硬度＝厚生省による基準値
（水中のカルシウム＋マグネシウム）、蒸発残留物、PH値　　　　　　　　　　　　
～水温6.5度で1年中ほぼ一定
　　　　・水源としている町村＝京極町、真狩村、倶知安町、ニセコ町、喜茂別町
・京極町の羊蹄山吹き出し湧水＝8万トン／日、日本の名水百選に（環境庁、1985）
　　　　・京極町「名水きょうごく」「コーヒー」「氷」、真狩村「麗水」「漬物」等の商品化（★教本P119）
　　　　※羊蹄山の地質形成史が、湧水の分布と観光・水産業の背景

Ⅰ－4：尻別川
（９）　松浦武四郎による尻別川探索（★教本P26-28）
　　１）函館奉行所蝦夷地御用雇としての蝦夷地踏査の記録と想い
　　　　・安政3年函館奉行所に意見書（開拓構想）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　＝羊蹄山を蝦夷地の中央に／5つの道路開削／後方羊蹄神社／中央政庁など　　　　　　　 
　　　・安政４－5年の踏査→「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌」「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌」
　　　　　　→幕府は公開禁止→安政6年「後方羊蹄日誌（しりべしにっし）」刊行
　　　　・羊蹄山登山に関する記述（「後方羊蹄日誌」）はフィクション　　　　　　　　　　　　　　
～幕府の北方政策における情報統制（武四郎日誌の発刊禁止）と民衆への情報伝達　　　　
　他にも、最上徳内のフィクションの例など（当時の学問における手法の範囲？）　　　　
・「北加伊道」にこめられた武四郎の想い
　　２）安政4年（丁巳）の2度にわたる尻別川探索
　　　　・1回目：春は河口磯谷から上流に向けて→途中で諦める（目名のあたり）
・2回目：直後、国富から倶知安地点（ソースケ川／高砂）で尻別川に入るが、途中で断念
　　　　・3回目：夏、虻田から喜茂別の留産に入り上流鈴川地区（ヘタヌ、オロウェンシリベツ川分
　　岐）まで、その後折り返して下流方向へ磯谷まで
・中流域の激流ポイント（ブイラ）により行き来が妨げられた尻別川　　　　　　　　　　　
　　～繫がっていない尻別川（←ブイラ）？　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
→ウスアイヌ、アブタアイヌのサケ漁の道（相川・留産）／イソヤアイヌとイオル分割　
　　～シリベツ川流域サケ漁の漁区～ホロイチャン（八幡）の難所が境界　　　　　　　　　
～ソウスケ川周辺はサケの漁区だがブイラで孤立していた　　　　　　　　　　　　　　
・当時の尻別川における漁業権の争い（和人によるサケ密漁へのチャランケ）　　　　　　　
３）安政5年（戊午）の尻別川探索
　　　　・再び虻田から喜茂別、そして喜茂別川沿い中山峠を経て石狩へ
　　　　　　→本願寺道路のもととなる原ルート
武四郎の探検の目的の多くは、内陸の道路開削のルートを現地調査することだった　　
（明治政府、開拓史の政策として）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　※尻別川流域内外の交通・物流ネットワーク形成に結びついた松浦武四郎の探索　　　　　　
　　４）本願寺道路の源となった松浦武四郎の戊午ルート（★教本P153）
　　　　・東本願寺の布教活動と開拓使の道路開削双方の思惑による共同事業
　　　　・M4年有珠新道（本願寺道路）＝函館と札幌を結ぶルート開発の一部、武四郎ルートと　　　
函館奉行ルート（千歳新道）の2案のうち、前者を採用　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　・アイヌ、和人入植者、伊達亘理藩士、門徒により、15ヶ月で開削　　　　　　　　　　　　
　　　　・その後、虻田街道、国道230号（旧道、新道）の基盤となったが、ルートが一部異なる　　　　
　　　　・駅逓所、渡船場が各地に（★教本P154）                                              

（10）　尻別川流域の多様な生活圏と川利用のルールづくり（★教本P31-32）
　　１）流域の上流から河口までの身上書
　　　　・流路延長126km、流域面積1,640km2、フレ岳（1,046m）が源流
・流域自治体は9自治体（伊達市、喜茂別町、京極町、倶知安町、ニセコ町、蘭越町、真狩村、留寿都村、豊浦町）、羊蹄山麓7町村で人口37,447人（H17国調）
・主要支流：喜茂別川、ペーペナイ川、クトサン川、真狩川、目名川など
・流域における主要産業は農業（米作地帯、羊蹄山南山麓の畑作地帯、北山麓の畑作地帯）で、主要作物はコメ、ジャガイモ、ユリ根、アスパラガス、その他（★教本P56）
・河川利用施設：水力発電所6箇所（北海道電力、新王子製紙）に魚道（★教本P118）
～王子製紙尻別第1発電所（ニセコ）は畔柳二美の「姉妹」の舞台（★教本P126）     
～純揚水式京極発電所の工事が進行中（★教本P118）                               
・内水面漁業（ヤツメウナギ、アユ、ヤマベなど）（★教本P118）
・ラフティング、カヌーなどのウオータースポーツのメッカ（★教本P54）
２）川利用のルールづくり（★教本P32）
　　　　・清流日本一（国土交通省）に8回（2008年も）～BODによる指標
　・多様な河川の利用形態や価値観、利害の間に対立
～水力発電、農業用水、流雪溝用水、内水面漁業、アクティビティ、釣り、環境保全など
　　　　・相互の議論の中から川利用のルールづくりがNPO主導でおこなわれた
　　　　　　～「しりべつ川の約束」（2000）、「みんなでつくろう川のルール」（2003）
　　　　・ルールづくりの実効性を担保するために、流域７町村が広域で「尻別川統一条例」を制定
　　　　　　→「尻別川統一条例」（2006）
　　　　※流域自治、流域連携のモデル→川の清掃活動、流域の植樹活動など広域の官民協働　　　　
　　　　　～様々な住民活動、NPOなどによる協働：　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  　 

Ⅰ－６：温泉盛衰
（11）　主な温泉郷とその盛衰（★教本P38-45、84-）
　　１）ニセコ湯元温泉郷（明治18年）蘭越町
　　　　・間欠泉の発見、婆温泉→馬場温泉、チセヌプリ硫黄採掘の影響、廃業、国民宿舎雪秩父
　　２）山田温泉／倶知安町（明治27年）～倶知安最初の入植者のひとり山田邦吉が発見、中腹に
　　３）成田温泉（現薬師温泉（明治29年））蘭越町　～成田伝吉が発見、鉄道開通後も交通は不便　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　４）五色温泉
　　　　・明治32年に硫黄精錬所が付近に設置
　　　　・古くは、稲村温泉（五色温泉稲村旅館）
～稲村道三郎の生涯（「大望」鶴田知也著）：上目名（比羅岡）で牧場、道路、福祉施設の夢
　　５）昆布温泉郷（ニセコアンベツ温泉）
　　　　・明治37年に青山温泉開業（その後廃業）、不老閣、北大スキー部、佐伯はる顕彰碑、宮様
　　　　　　～成田が発見し、青山徳治が買い取り開業、その後も経営者は次々に代わった
・青山、宮川（現鯉川）、紅葉谷、成田、黒澤、湯本、ニセコの７温泉が昆布温泉郷
　　６）新見温泉郷
　　　　・明治45年、新見直太郎が開業

Ⅰ－７：スキー隆盛
（12）　ニセコ山系の主なスキー場（★教本P48-52、81）
　　１）ニセコワイス：ワイスホルン
　　２）ニセコマウンテンリゾートグラン・ヒラフ：ニセコアンヌプリ
　　３）ニセコ東山スキー場：ニセコアンヌプリ
　　４）ニセコアンヌプリスキー場：ニセコアンヌプリ
　　５）ニセコモイワスキー場：モイワ山
　　６）ニセコチセヌプリスキー場：チセヌプリ
　　７）ルスツリゾート：橇負山、貫気別山
Ⅰ－９：農と食
（13）　ジャガイモの多様化とその背景（★教本P58-60、111-）
　　１）「男爵」の普及と「紅丸」の誕生　　
　　　　・明治初期、開拓史がアメリカから導入した多様な品種　
　　　　・大正末期に、男爵薯、メークイン、金時薯　
　　　　・原産地アメリカの男爵薯が山麓に普及、メークインと並び北海道の二大品種に
　　　　・昭和13年に留寿都村で「紅丸」誕生、村の中心品種に（★教本P58）　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　～北海道農事試験場圃場で人工交配により誕生、留寿都村の農家による増殖
～デンプン質の割合が高い、デンプン工場の普及と主力品種化
２）シストセンチュウとの戦いと抵抗性品種の開発（★教本P59）
　　　　・昭和47年、日本で始めてジャガイモシストセンチュウが羊蹄山麓で発生
　　　　　　※シストセンチュウは、南米ペルーで発生しヨーロッパに伝わり世界中に蔓延した
　ジャガイモの根に寄生する害虫／ゴールデン・ネマトーダ
　　　　　　　昭和35年頃ペルーより輸入されたグアノ（海鳥糞）肥料に混入し伝播
　　　　・農薬防除よりも、むしろ適正な輪作体系確立と抵抗性品種の栽培、営農機械の洗浄、土壌お
よび植物検査の徹底が不可欠で農家の自衛策が基本
　　　　　　→①輪作体系の徹底（3～４輪作への移行、中には５輪作の農家も）
　　　　　　　②抵抗性品種の開発により、ツニカ、キタアカリなどが普及（留寿都村農家の挑戦）
　　　　・倶知安、京極は「男爵薯」、留寿都は「キタアカリ」、真狩・ニセコは多品種（★教本P60-61）
　　　　※多様な品種の普及の陰に、病害虫などとの戦いや農地特性などの背景がある

Ⅰ－10：国祭リゾート化
（14）　ひらふ地区の国際リゾート開発と景観問題（★教本P64-67）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 
　　１）オーストラリア人スキーヤーの急増傾向　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　
　　　　・ひらふ地区：1997年から2006年で、3,300人から91,500人（延べ人数）に急増　　　 　 
　　　　・平均7～8泊以上が大きな特徴（道内各スキー場にも分散し、ヒラフの宿泊数は減少傾向） 
　　　　・尻別川の夏のラフティング事業に、オーストラリア人事業化が進出（1995年～）　　　 　 
　　　　　　→冬の雪質のすばらしさを本国（オーストラリア）に口コミ　　　　　　　　　　　 　　
　　　　・ひらふ地区国際化の5つの要因（JETRO）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  　 
　　　　　① 自然資源のすばらしさ、特に“最高のパウダースノー”　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　② 自然資源を楽しむアクティビティで新しいビジネスモデル　　　　　　　　     　　　
　　　　　③ オーストラリア人のリゾート型ライフスタイル　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
　　　　　④ アメリカの9.11テロ以降のスキー・ディスティネーション切り替え　　　　　　　　　
　　　　　⑤ オーストラリア国内のエネルギー産業の活況　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 
　　２）ひらふ地区、およびニセコ地域のリゾート開発と景観問題　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　・ひらふ地域では民間主導で開発が進められ、土地利用に関して暗黙のルール　　　　　　　
　　　　・オーストラリア等外国資本によるデベロッパーによるコンドミニアム建設急増　　　　　　
　　　　・土地利用問題や景観問題の発生→行政にも地域にも大きな危機感が生じた　　　　　　　　
　　　　・ひらふ地域住民、観光事業者、開発業者、倶知安町役場による円卓会議開催　　　　　　　
　　　　　　→利害と立場を調整し、規制に関わる基準を定めた「景観要綱」「景観協定」　　　　　 
　　　　※地域と行政そして関連事業者の協働によるリゾートづくりの経緯と課題　　　　　　　　　
　　　　※今後は、規制をさらに強化するための仕組みづくりに＝準都市計画区域、景観計画　　　　

Ⅰ－11：ホスピタリティ
（15）　観光ガイドとしてのもてなしの心と技（★教本P68-69）
　　１）プログラムやストーリーを自ら作り、相手に合わせて変化させて伝える　　　　　　　　　  
　　２）その場限りの情報伝達だけでなく、相手の自己実現のためのアドバイスも　　　　　　　　　
　　３）目の前の姿の背景である人の営みや自然と町の歴史についても関心を引き出す　　　　　　　
　　４）地域が好きだからというだけではない、「何のためにガイドするのか」を自問　　　　　　 　
　　５）相手と一緒に好きな地域をガイドできることへの感謝の心　　　　　　　　　　　　　　　　
　　６）社会的規範であるマナーやプライバシー守秘など
　　７）言語コミュニケーション以上に非言語コミュニケーションを重視
　　８）安全や環境保全に関する強いリーダーシップの発揮と人間関係の調整力　　　　　　 　　 　
　　９）節度ある親密性で信頼を受ける接遇を
　　※相手の自己実現を支えることで自分の喜びを得ることが基本　　　　　　　　　　　　　　　　

（16）　自然や文化を尊重する（★教本P70-72）
　　１）自然も文化も変化し続けるものであることを知る　
　　２）自然や文化を科学的に理解するだけでなく、感覚的にアプローチする感受性も　　　　　　　
　　３）人為的な影響は少なくし、ミスユース（誤利用）やオーバーユース（過剰利用）を防ぐ　　　
　　４）トイレ問題　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　５）リスクマネジメント・・・「ハインリッヒの法則」、リスクは何か　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 
　　６）ニセコローカルルール　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　７）ごみの持ち帰りなど、ルールとエチケット
　　※人間社会は自然のことをまだ良くわかっていないという自覚＝「エコシステムマネジメント」　













【参考資料：１】平成20年度の試験問題（初級）から（一部抜粋）

1：「羊蹄山」山名の起源　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

「羊蹄山」は、「後方羊蹄山」と記されることもあります。この「後方羊蹄」の名
を始めて記した史書は、『日本書紀』です。この中に、659（斉明5）年、阿倍比羅夫
が百八十艘の軍船を率いて北征した際、二人の蝦夷から「後方羊蹄をもって政所とす
べし」と進言があり、「後方羊蹄」に郡庁を置いて帰った、と記されています。『日
本書紀』は「後方羊蹄」を（Ａ）と読ませていますが、その地が実際にはどこなのか、
日本の歴史における謎のひとつとして多くの史家や探検家たちの想像力をかきたてて
きました。東北北部や北海道など諸説ある中で、有力な説のひとつと言われてきたのが、
「（Ｂ）のそばにある高地」という説です。（Ｃ）の尻別岳山麓は、多くの歴史的人
物によって「後方羊蹄」の地と信じられてきた場所で、現在その近くには（Ｄ）が祀
らわれています。

【問１】Ａは、なんと読みますか。
１）こうほうようてい 　　２）しりべつ 　　３）しりべし　　　 ４）ぎしぎし
【問２】Ｂは、どこを指していますか。
１）羊蹄山　　　　　　　 ２）尻別岳　　　 ３）尻別川　　　   ４）大きな川
【問３】Ｃの町村名はどこですか。
１）留寿都村　　　　　　 ２）喜茂別町　　 ３）真狩村　　　 　４）京極町
【問４】Ｄはどこですか。
１）蝦夷富士羊蹄山神社　 ２）比羅岡神社　 ３）後方羊蹄神社 　４）比羅夫神社


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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_148.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
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         <pubDate>Sun, 11 Jul 2010 08:49:33 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>連携先のプログラムをご紹介します：２</title>
         <description><![CDATA[羊蹄山麓観光ガイド育成事業では、
類似の事業を行っている団体と連携し、
お互いのプログラムへの参加交流を進めています。

連携先のNPB（一般社団法人ニセコプロモーションボード）より、
下記のプログラムへの参加案内が届きましたので、
みなさまにもご案内いたします。

関心のある方は、ぜひご参加ください。

１．<a href="http://www.36guide-ikusei.net/mikinoboru_gaidkousyuukai_20100724.pdf">三木昇自然ガイド講習会
</a>

２．<a href="http://www.36guide-ikusei.net/hujita_yutaka_kouzansyokubutukousyuukai_20100728.pdf">藤田豊高山植物講習会</a>
]]></description>
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         <pubDate>Fri, 09 Jul 2010 19:30:32 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初級研修講座が行われました</title>
         <description><![CDATA[7月8日（木）、真狩村交流プラザを会場に、初級の研修講座が行われました。

山麓地域だけではなく、札幌から来られた受講生もおられ、約20名と人数は少なかったのですが、皆さん熱心に耳を傾けておられました。

初級の検定試験日は、
7月17日(土）13時30分～　会場は真狩村交流プラザです。

<img alt="DSC_7538-1.JPG" src="http://www.36guide-ikusei.net/DSC_7538-1.JPG" width="480" height="319" />
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         <pubDate>Fri, 09 Jul 2010 19:00:16 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>連携先のプログラムをご紹介します（１）</title>
         <description>羊蹄山麓観光ガイド育成事業では、
類似の事業を行っている団体と連携し、
お互いのプログラムへの参加交流を進めています。

連携先のNPB（一般社団法人ニセコプロモーションボード）より、
下記のプログラムへの参加案内が届きましたので、
みなさまにもご案内いたします。

関心のある方は、ぜひご参加ください。


＜転載＞

各位（BCCで失礼します）

7月22日（木）風土館にてヒグマ座学講習会を行います。

今回はヒグマ教育用ビデオ「ヒグマとともに」（のぼりべつクマ牧場　前田菜穂子原作）を観賞し、
その後ディスカッションなどを行ないます。

7月22日（木）19:00-21:00　　倶知安町風土館にて
※風土館使用料として100円かかります

お忙しいとは思いますがご参加いただければと思います。
よろしくお願いします。


------- Niseko Promotion Board ----------
一般社団法人ニセコプロモーションボード
　　ニセコ総合インフォメーションデスク
　　小笠原　彰 / Akira Ogasawara

TEL 0136-21-3232 FAX 0136-21-3233
E-mail ogasawara@nisekotourism.com
http://www.nisekotourism.com/
------------------------------------------------------
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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_145.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">2010</category>
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         <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 18:52:09 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初級の研修講座は、7月日（木）です。</title>
         <description>初級の受講をご検討されているみなさま。

初級の研修講座は、7月8日（木）です。
会場は、真狩村交流プラザ（２階）です。
講座時間は、午後６時から約２時間程度ですが、
若干長くなる可能性もあります。

当日は、スライド写真などを上映しながら、
わかりやすい講座を目指します。
公式テキストブックが基本的な教材ですが、
会場で、テキストを要約したレジュメを配布します。

このレジュメは、試験対策の勉強にはとても効率的で役立つはずです。
レジュメは、研修講座終了後、このサイト上でも公開します。

初級の研修講座はどなたも無料です。
７月７日が申し込み締め切りですが、
何かあれば事務局までお問い合わせください。

みなさまのご参加をお待ちしています。
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         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/7_1.html</link>
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         <pubDate>Tue, 06 Jul 2010 20:10:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>北海道新聞に今年の事業が紹介されました</title>
         <description>事務局です。

6月29日の北海道新聞朝刊に、今年の事業が紹介されました。
今年の事業の特徴が、とてもわかりやすく紹介されましたので、ご案内いたします。

以下、記事からの抜粋です。

・今年、初級から上級までのコースを続けて受講・受験できるようにした。
・これまでは合格の翌年にならないと上位の級を受講・受験できなかったが、短期間でレベルアップを図りたいという要望に応えた。
・今年は初級を7月17日、中級を8月28日（会場はともに真狩村交流プラザ）と別々に実施、上級（オープン講座と現場実習、プレゼンテーション）は9月から10月にかけて行う。
・こうした日程設定により、例えば7月の初級に合格した人は、8月に中級の受験ができるようになった。さらに中級に合格した人は、そのまま上級の受講ができる。
・検定は国の補助終了に伴い、来年度からボランティアでつくる「観光ガイド育成事業研究塾」が引き継ぐ。このため、最後の主催となる協議会の「上位の級を目指している人が、今年中に受講・受験できるようにしたいとの意向もあり、プログラムを変更した。</description>
         <link>http://www.36guide-ikusei.net/2010/post_144.html</link>
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         <pubDate>Tue, 29 Jun 2010 08:57:19 +0900</pubDate>
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