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- I-2 ニセコ山系
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- II-3 アウトドアスポーツ
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- II-8 食と農業
- II-9 農業以外の産業
- II-10 郷土の人物
- II-11 文学
- II-12 文化
- II-13 歴史全般
- II-14 交通
- II-15 町村の概要
- II-16 まつり・イベント
- II-17 観光情報センター
- III-2 参考文献
- III-3 索引
基礎講座終了後お受けしたご質問への回答
事務局より
昨日の倶知安会場で、基礎講座の全日程を終了いたしました。
ご参加いただきました皆様には、心よりお礼を申し上げます。
さて、基礎講座が終了したあとで、受講者の方からご質問がありましたので、この場を借りてお答えいたします。
ご質問は、「蝦夷富士登山会」に関する下記のような内容です。
“テキストブックの15ページには、「1905(明治38)年には蝦夷富士登山会が活動を開始しますので、」とあり、18ページには、「この年は(※明治37年のこと)小樽から倶知安まで鉄道が・・・・・・蝦夷富士登山会が結成され・・」とあるが、どちらが正しいのか。”と言うご指摘でした。
その場では的確な対応ができなかったので、その日の夜、文献に当たって確認してみましたところ、次のような内容でしたので、お答えいたします。
『羊蹄山百話』(余市豆本第2集3号/H4年発行/武井静夫著)によりますと、次のようになっています。
“明治37年10月15日、北鉄線(現JR函館本線函館・小樽間)が開通した。当時羊蹄山の登山道は二つあった。・・・(略)・・・・・この年倶知安村では、蝦夷富士登山会が結成された。”(P20)
“登山道の完成をみて、翌38年7月12月、蝦夷富士登山会が正式に発足した。”(P21)
つまり、どちらも正しく、<明治37年に仮設立、翌38年に正式発足>、と言うことです。
テキストブックの記載がこのニュアンスを十分に伝えていないことについては、まことに申し訳なく思います。みなさまに混乱をさせてしまいました。後日、テキストブックの表記を訂正したいと思います。その折にはまたご案内いたします。
また、今後もこのような問題があれば、ぜひご指摘をいただきますよう、皆様にはよろしくお願いいたします。テキストブックについては、皆様と一緒にレベルアップしていきたいと考えております。
事務局 日時: 2007年11月22日 16:33