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103_湧水
羊蹄山麓に名水が多いわけ
羊蹄山麓名水のメカニズム
1985年、環境庁(当時)は日本の名水100選を選びました。北海道から選ばれた3箇所のひとつは、京極町の羊蹄山噴き出し湧水でした。これは、羊蹄山をつくる安山岩の溶岩の中から地下水が湧き出ているものです。京極の湧水の特徴は、名水たるゆえんの水のおいしさもさることながら、湧水量の多さです。1日におよそ80,000トン もの地下水がとぎれることなく湧き出てくるのです。湧水量の多さは、真狩の湧水にも共通しています。これは一体どんなメカニズムによることなのでしょうか、
火山は、溶岩や火山灰などからできていますので、羊蹄山に降った雨は、隙間の多い溶岩や火山灰の中に浸み込み、地下水となります。火山の中を透過するように浸み込んだ水は、水通しの悪い粘土質の地層で浸透がブロックされ、標高250m前後にある溶岩と粘土層の境目付近で地表に流れ出てきます。これが、羊蹄山麓周辺の湧水の基本メカニズムです。
羊蹄山麓には、2,000トン/日以上の湧水量を示す湧水が、他にも17箇所あり、あわせて1日に30万トンも流出しています。また、南東半分の6箇所の湧水は、合わせて羊蹄山全体の70%を超えています。この不均衡は、火山内部のようすが東西に対称でないことに起因しています。(『北海道自然の話』所収の和田信彦氏の論文)また、南東半分の6大湧水は、北西半分と比較して多量の地下水が速い速度で流下する結果、水温が低く主要成分も濃度が低いのが特徴です。つまり、南東半分では、成分濃度の低い河川水型の水質が特徴であり、反対に北西部では、成分濃度がより高い地下水型の水質となっているのです。
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火山山麓の湧水はなぜおいしいか
火山山麓の地下水は、地中を流れ落ちる際にきれいにろ過されます。また、カルシウムやマグネシウムなどのミネラル成分が程よく溶け込み、水温も6.8℃と一年を通してほぼ一定していることも、湧水がおいしい要因となっています。このことから羊蹄山麓では、京極町だけでなく、倶知安町、ニセコ町、真狩村、それに喜茂別町でも水道の水源として使われています。しかし、いくら安全でおいしい湧水でも、わが国では水道法により水道水は塩素殺菌を経なければいけないことになっていますので、湧水そのものの味というわけにはいきません。羊蹄山麓の湧水の本当のおいしさを味わうためには、地域の住民と言えど湧水地に行って汲んでこなければならないのです。
湧水の使い道
羊蹄山麓の湧水のおいしさを、もっと多くの人に味わってほしい。そんな願いから生まれた製品が、ペットボトルのミネラルウオーター、もしくはナチュラルウオーターです。京極町では「名水きょうごく」、真狩村では「麗水」の名称で、地元企業が売り出しました。折からの全国的な「名水」ブームもあって商品はヒットし、さらにコーヒーや氷製品にも展開されました。また、喜茂別などアスパラ農家の一部では、収穫したばかりのホワイトアスパラガスを出荷までの間品質を保持するため、近くの湧水で冷やしていた時期もありました。また、山麓各地の湧水を汲むためにこの地域を訪れるリピーターも多いことから、京極町の「ふきだし公園」のように、湧水地周辺が観光開発された事例もあります。いずれの場合も、人は水によって生かされている、そんな自然の摂理を私たちに語りかけています。
倶知安の赤い湧水
倶知安の町で、歩道や駐車場が黄褐色に汚れているのを見たことがあるでしょう。積雪を解かすために、地下水をくみ上げて流しているためですが、地下水が鉄分を多量に含むためにこのような色をしているのですね。
どうして地下水に多量の鉄分が含まれるかと言うと、それは地下に鉄を多量に含む地層があるからです。そして、そのような地層は、浅い内湾や湖の底で形成されます。つまり倶知安の赤い井戸水は、いま倶知安の町がある場所にかつて湖があったことを示す証拠なのですね。かつての湖の上に倶知安の町が出来ている。いまの町の姿から、そのようなことを想像することができますか。では、どのようにして湖が形成されたのでしょうか。それは羊蹄山が噴火した時代にさかのぼって考える必要があります。
むかしむかし、羊蹄山が噴火した時に流れ出した溶岩流は、いまの比羅夫周辺で尻別川をせき止めてしまいました。つまり自然のダムを形成したわけです。この時に尻別川を横切った溶岩流の先端は、ニセコアンヌプリの中腹まで延びています。
こうして比羅夫より上流側に広く水の溜まった部分、つまり湖ができたと想像されています。しかしいつ頃に湖ができ、どのくらい続き、そしていつ頃に自然のダムが無くなると共に湖が消えたのか充分に調べられてはいません。ほら、JR比羅夫駅周辺では尻別川が峡谷のようになっていますね。あのあたりに自然のダムがあったと考えられています。
鉄分を多量に含む井戸水を倶知安の人々は「赤水」と呼んできました。飲んで不味く、衣類を洗うと茶色に染まり、お米を炊くとサビ色に染まる…。
このように、赤水は倶知安の人々を長く悩ませたのでした。しかし、そんな人々の生活を一変させる大きな出来事がありました。それは「羊蹄山の湧き水」の水道利用です。昭和29年に倶知安町の高砂地区にある湧水泉の一つを水道源とし、倶知安に水道が敷設されました。(倶知安町風土館の資料より)
サポート 日時: 2007年10月25日 09:05