製造業〈近年〉

羊蹄山麓の町村では、農林水産物を利用した製造業が地域活性化の一旦を担っています。北海道開拓の歴史と共に、収穫物や資源を利用して発展を続けた製造業は地域の誇りであり、今後の地域を支える基幹産業として期待されています。

亜麻工場

開拓使が北海道に適した植物として栽培を奨励し、1887(明治20)年に本格的に栽培された亜麻。同年、

「北海道製麻工場」が創業。日清戦争、日露戦争で軍需品としての需要が増す一方で戦争が終わると不況に見舞われたことから、本州資本との合併を繰り返した歴史を持っています。1909(明治42)年には「帝国製麻株式会社真狩製線工場」が運転を開始(昭和2年閉鎖)。1915(大正4)年には日本製麻株式会社が留寿都村に亜麻工場を開設。その後、北海道の農業事情の転換によって、亜麻作の中心が空知、石狩、上川から道東へ移行。第二次世界大戦終戦後には満州亜麻原料にたよっていた日本繊維株式会社が原料供給を断たれたことをきっかけに1960(昭和35)年に留寿都亜麻工場も閉鎖。現在東京に本社を持つ「帝国繊維株式会社」の基盤を築きました。

亜麻(リネン)

アマ目アマ科の一年草で、長くて強い繊維の原料。これを紡いだのが麻糸です。原産地は中央アジアとされ、世界の亜寒帯地域で栽培。日本では北海道だけが該当する地域で、明治時代には、外国から輸入した、ペルギー、リガ、ペルノー、サギノ、長茎などが優良品種として栽培されていました。

オブラート工場(倶知安町)

1942(昭和17)年、当時の倶知安駅前で農産物の仲介商を営んでいた伊井億右衛門によって設立された「北海道オブラート製造株式会社」が、現在、倶知安町旭でオブラートを製造している「伊井化学工業株式会社」の前身。戦後の1958(昭和33)年には、道内に点在していた18軒のオブラート工場を買収して道内唯一の工場になりました。その後、ポリエチレンフィルムやポリエチレン袋の製造にも着手して事業を拡大。原料に後志管内のジャガイモのデンプンを使った「伊井オブラート」のブランド名は、全国でも知られるところとなっています。

道栄紙業(倶知安町)

1978(昭和53)年、静岡県でトイレットペーパーの製造工場を経営していた「三栄グループ」と、道内最大手の古紙業者である「日藤株式会社」「北海紙商株式会社」が出資して札幌に「道栄紙業株式会社」を設立。製紙事業に欠かせない清涼な水が得られることと、大消費地札幌に近いことなどから、翌年、総工費6億5000万円を投じて倶知安町に工場を建設しました。1983(昭和58)年には芯なしトイレットペーパーの製造を開始。世界36カ国の特許を得ている「コアレス」「コアノン」を主力に、古紙を再利用したトイレットペーパーを製造。牛乳パックの回収など、環境に優しい取り組みも高い評価を得ています。

ジャパンミネラル(真狩村)

1983(昭和58)年、羊蹄山麓の湧水を利用したミネラルウォーター「麗水」を製造する「株式会社ジャパンミネラル」が開業。豊富なミネラルとごくわずかな炭酸ガスが溶け込んだ水は、飲料、料理、製氷、化粧水など利用度が高いと評判。同じく真狩の野菜を使って同社が製造している「なた割漬」と同時に、真狩村を代表する特産品になっています。

クレードル興農(喜茂別町)

1924(大正13)年、岩内町に「日本アスパラ株式会社」を設立。1929(昭和4)年には、喜茂別村に「アスパラガス耕作組合」が組織され、本格的なアスパラガス栽培が行われるようになりました。1932(昭和7)年、日本アスパラ株式会社は本社を東京におき、栽培と缶詰め製造のために喜茂別に工場を建設して、「朝日アスパラガス缶詰株式会社」を設立。しかし、缶詰め資本をほしいままにしていた行為に栽培農民たちが激怒し、喜茂別村産業組合が自らアスパラガス缶詰め工場を開始しました。これが、現在の「クレードル興農株式会社」の前身。1964(昭和39)年には事業が軌道にのり、海外にアスパラガスの缶詰めを輸出するまでになりました。クレードル興農は、現在、アスパラガスやスイートコーンなどの缶詰めや冷凍野菜、レトルト食品などの加工製造、販売事業を展開。その信頼と実績を着実に積み上げています。

日時: 2007年10月25日 11:09