記念碑・像

功績を残した羊蹄山麓出身者、またはゆかりの著名人たちの記念碑や像が各町村に点在しています。各町村に建つ記念碑や像には、歴史を探るキーワードが隠されています。行く先々にある碑や像を訪れ、当時に思いを馳せるのもまた趣き深いもの。開拓時代から現代までの道のりが、立体的に浮かび上がってくることでしょう。

倶知安村戸長役場跡記念碑(倶知安町)

1896(明治29)年、この地に戸長役場、小学校、巡査駐在所があり、当時、教育、保安の中心地であったことを示しています。

  • 場所:倶知安町字八幡 旧八幡小学校校庭
  • 建立:1972(昭和47)年11月3日
  • 碑文:〈上段〉倶知安町は 此処から創る 倶知安町長 吉田冨美雄、〈下段〉(省略)

峠下遺跡記念碑(倶知安町)

1958(昭和33)年、峠下小学校児童が西北300mの広瀬台地で石器類を採取。翌年、名取北大教授によって発掘され、縄文文化、無土器文化の石器であることが確認されました。

  • 場所:倶知安町字峠下 羊蹄山ハイツ敷地内
  • 建立:1973(昭和48)年11月3日
  • 碑文:〈正面〉峠下遺跡 倶知安町長 吉田冨美雄、〈側面〉(省略)

工業発祥の地記念碑(倶知安町)

1893(明治26)年、鈴木大吉が南一線西2号にマッチ軸木工場を創設。翌年大崎亀吉、縫部兼次郎などがこの他に同様の工場を設立。これによって、入地した人々の現金収入の道が開け、開墾が進んだことを記念した碑です。

  • 場所:倶知安町字豊岡 尻別第四号川(旧プイタウシナイ川)河口付近
  • 建立:1975(昭和50)年10月31日
  • 碑文:〈上段〉工場発祥の地 倶知安町教育委員会 委員長 佐々木武書、〈下段〉(省略)

レルヒ中佐像(倶知安町)

1986(昭和61)年2月、倶知安で2度目のスキー国体が決まった折、モニュメントの製作が議論され、日本のスキーの父レルヒ中佐の羊蹄山スキー登山の像が作られることとなりました。

  • 場所:倶知安町南11東1 レルヒ記念公園内
  • 建立:1985(昭和60)年
  • データ:高さ2m50cm、裏量500kg、銅製。台座は1.5m四方の鉄筋コンクリート基礎にスウェーデン製の御影自然石を張り付けたもの。

開拓記念碑(ニセコ町)

ニセコ町が地方自治体として1901(明治34)年11月1日に独立し、元町に戸長役場が設置されたことを記念して建てられた碑です。

  • 場所:ニセコ町元町
  • 建立:1978(昭和53)年11月
  • 碑文:ニセコ町誕生のあゆみ 千古の密林に入地して開拓の鍬をふるい、厳しい自然と過酷な生活と対決しながら(以下省略)

有島農場開放記念碑(ニセコ町)

  • 場所:有島
  • 建立:大正13年8月
  • エピソード:有島農場の開放を非常に喜んだ小作人たちが、有島武郎への感謝の意を後世に伝えるために、有島が農場開放の精神を表した文章「小作人への告別」を刻んだ記念碑を製作しようという動きが始まりました。しかし、当時の思想統制に抵触する内容を有していると判断されたことから、警察の許可がなかなか得られません。ようやく認められたのは、有島の死後のことで、大正13年9月12日に竣工式が行われました。参列者は、有島の意を体し協力一致と相互扶助の精神で努力することを誓ったといいます。有島のこの精神は、いまも有島地区のみならずニセコ町内で折に触れて語られます。

蘭越町発祥の地記念碑(蘭越町)

1899(明治32)年8月、尻別村から分村して南尻別村になり、戸長役場を置いた場所がここ。蘭越町開基100年を記念して建てられました。

  • 場所:蘭越町名駒町 旧公営住宅跡地
  • 建立:1999(平成11)年8月1日
  • 碑文:〈正面〉蘭越町 発祥の地、台座:歴史に感謝を未来に夢を(以下省略)

坂本九追慕之碑(蘭越町)

九ちゃんの愛称で親しまれていた歌手・坂本九が1985(昭和60)年、蘭越町を訪れ、養護施設の園児らと交流しました。しかし、その2週間後に起きた日航機墜落事故で急逝。当時、坂本九と交流した黒松内つくし園が感謝の意味を込めて碑を建てました。

  • 場所:蘭越町字湯里 旧湯里ゆとりホーム敷地内
  • 建立:1987(昭和62)年9月9日
  • 碑文:〈正面〉九ちゃん追慕之碑上を向いて 歩こう 泪がこぼれない ように 思い出す 春の日 ひとりぼっち の夜(以下省略)

平田敬信頌功碑(蘭越町)

1900(明治33)年、北海道に入り、目名農場を管理することとなった平田敬信の功績を讃えた碑。碑文の文字(揮毫)は、日下部鳴鶴によるものといわれています。

  • 場所:蘭越町目名町262大窪宅前
  • 建立:1908(明治41)年8月
  • 碑文:目名農場長平田君頌功(以下省略)

苫米地金次郎翁開拓記念碑(蘭越町)

蘭越町開拓の租、苫米地金次郎の功績を讃えた碑。碑文の文字は明治・大正時代の大実業家・澁澤榮一によるもので、澁澤の絶筆と伝えられています。

  • 場所:蘭越町字淀川 大谷地神社境内
  • 建立:1930(昭和5)年8月
  • 碑文:〈正面〉開拓記念 苫米地金次郎翁碑、〈裏面〉(省略)

秩父宮殿下御登山記念碑(蘭越町)

1928(昭和3)年に雪のニセコを訪れた秩父宮殿下が、北海道のスキーの発展に力を尽くされたことを偲んだ碑です。

  • 場所:蘭越町字湯里 国民宿舎雪秩父東寄りの丘
  • 建立:1968(昭和43)年7月5日
  • 碑文:〈正面〉秩父宮殿下御登山記念碑 北海道知事 町村金五謹書、〈台座〉(省略)

佐伯はる頌徳碑(蘭越町)

大正・昭和と、青山温泉を切り盛りし、北大スキー部員より「おばさん」の名前で慕われていた佐伯はる。秩父宮殿下、高松宮殿下、三笠殿下を奉迎し、教育施設に多くの寄贈をした功績を讃えた碑です。

  • 場所:蘭越町昆布温泉郷 旧青山温泉入口右手
  • 建立:1958(昭和33)年8月6日
  • 碑文:頌徳碑 大野精七 頌徳碑文「徳は狐ならず」徳は人と共に生き人は徳と共に生きる。今佐伯はるの一生涯を顧みて、しみじみとこの言葉の信実を知った。(以下省略)

八洲秀章顕彰音楽碑(真狩村)

「あざみの歌」「さくら貝の歌」などを作曲した、日本を代表する作曲家八洲秀章の功績をたたえる碑です。建立発起者は、札幌市あざみ会。

  • 場所:真狩村字社 羊蹄山自然公園内
  • 建立:1991(平成3)年10月
  • 碑文:(八洲秀章のレリーフと、「あざみの歌」の楽譜・歌詞、業績をたたえる文)

細川たかし記念像(真狩村)

真狩村開基百年記念事業の一環として、同村出身の歌手・細川たかしの記念像を製作。石の台座にはオールサウンドシステムが組み込まれており、手形を押すと「心のこり」「北酒場」「矢切の渡し」などのヒット曲が流れます。

  • 場所:真狩村 真狩川河川敷
  • 建立:1994(平成6)年7月
  • データ:高さ1.9m、銅製。製作者は日展審査員で彫刻家の江里敏明。

赤い靴「開拓の母像」と「母思像」(留寿都村)

留寿都村泉川地区の平民社農場にまつわる話で知られる童謡「赤い靴」。開拓当時の苦労を思い、主人公・キミちゃんをモデルに作られたのが「母思像」。キミちゃんの母・カヨさんをモデルに作られたのが「開拓の母像」です。留寿都の北の外れ、赤い靴ふるさと公園にある「開拓の母像」は、遠くからキミちゃんの像の方を眺め、赤い靴公園にあるキミちゃんの像は母・カヨさんの方を眺めています。

  • 場所:開拓の母像/留寿都村 赤い靴ふるさと公園内母思像/留寿都村 赤い靴公園内
  • 建立:開拓の母像/平成10年5月
  • データ:いずれも銅像。開拓の母像の製作者は米坂ヒデノリ。

浪越徳治郎像(留寿都村)

「指圧の心 母心 押せば命のいずみわく」で一世風靡(ふうび)した、香川県出身で、留寿都村ゆかりの指圧師・浪越徳治郎の像です。

  • 場所:留寿都村 赤い靴ふるさと公園
  • 建立:1998(平成10)年5月
  • データ:胸像。製作者は米坂ヒデノリ。

現如上人像(喜茂別町)

東本願寺によって新道開削が行われた虻田―札幌間(現国道230号)の工事で、指揮をとった現如上人の業績を記念して建てられた碑です。

  • 場所:中山峠
  • 建立:1967(昭和42)年
  • データ:銅像

手づくり郷土賞記念碑(京極町)

1985(昭和60)年1月、環境庁指定の「名水百選」に京極羊蹄ふきだし湧水が選ばれました。また、1990(平成2)年には手づくり郷土(ふるさと)賞「生活(くらし)を支える自然の水30選」に選ばれました。これらを記念して建てられた碑です。

  • 場所:京極町字川西45番地 ふきだし公園湧水口

旧日鉄鉱業記念碑(京極町)

大正から昭和にかけて、道内有数の鉱山として栄えた旧日鉄鋼業株式会社倶知安鉱山、通称「脇方鉱山」。その繁栄の証として、同鉱山跡地に建てられた碑です。

  • 場所:京極町字脇方

日時: 2007年10月25日 12:04