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213_歴史全般
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縄文~擦文時代の遺跡
港大照寺遺跡(蘭越町)
早くから石器や土器が出土することで注目を集めてきた蘭越町港地区。その大照寺付近で本格的な発掘が始まったのは、国道229号(江差―小樽)の切り替え工事に伴う尻別川橋梁建設のため、この地区への港警察官駐在所移転が決まった1969(昭和44)年8月のことでした。当時、たまたま埋蔵文化財学術調査のため大照寺を訪問していた小樽博物館の学芸員竹田輝雄らに調査を依頼し、第1次考古学発掘調査隊が組織されたのです。
調査の結果、この遺構が卵形墓壙(ぼこう・墓の穴)の上に配石を伴う特徴的な墳墓(ふんぼ)の集合であり、仰臥屈葬されていたことや、墳墓内に酸化第二鉄や赤色粘土の塊が入れられ、土器や石器を副葬する葬送形式がとられていたこと等が明らかになりました。おびただしい数の土器や石鏃(いしやじり)・打製石器・石斧のほか、硬玉製の勾玉や丸玉などの装身具も出土しています。
その後も1970(昭和45)年(第2次)、1972(昭和47)年(第3次)にも調査隊が立ち上げられ、遺跡の低北部(国道229号拡張改修工事部)、中位部(道警駐在所建設地区)、高位部(大照寺境内)で形成された時代が異なり、高位部に向かうほど縄文文化への移行が進んでいることが確認されました。
サポート 日時: 2007年10月25日 12:12